俳優の妻夫木聡と渡辺謙が主演を務めるテレビ東京開局60周年特別企画ドラマスペシャル「生きとし生けるもの」が5月6日午後8時に放送される。人生に悩む医者と余命宣告された患者が「人は何のために生き、何を残すのか」という永遠の問いの答えを求めながら各地を巡るヒューマンドラマ。ある事情から内科医に転身した元天才外科医、佐倉陸を妻夫木、末期がんを患い余命3カ月と宣告された成瀬翔を渡辺が演じる。脚本は「あすなろ白書」「愛していると言ってくれ」「ロングバケーション」「オレンジデイズ」、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」などを手がけた北川悦吏子さんのオリジナルで、「ヴァイブレータ」「軽蔑」「さよなら歌舞伎町」「母性」「月の満ち欠け」などの映画で知られる廣木隆一監督がメガホンをとる。

「本当の苦しさ、悩みをドラマで描けるのか?」という問い

――北川悦吏子さんの脚本を最初に読んだ時の印象を

妻「北川さんの世界観って独特で少しファンタジックでもあるけれども、『こういう世界があったらいいな』と思わせてくれるような世界観なんですよね。本当だったらありえないことだらけなんですけど、『こういう人がいたらいいな』とか『こういう相手がいたらいいな』とか、自分とどこか重ね合わせて一緒に人生を生きていけるような、その世界に僕たちも入っていけるような、そういう印象を受けましたね。僕たちがやってる職業は、フィクションを扱う仕事ではあるのですが、嘘を真実にしてもいいんじゃないかなと思わせる力を持った台本でした」

渡「基本的に、僕、医療もの(ドラマ)ってほとんどお断りしてたんですね。僕自身が20代、また50代に病気したこともあって、医者ものだけに限らず、とにかく医療にかかわる作品に対して『本当の苦しさとか悩みとかドラマで描けるのか? ドラマにしていいのか?』という問いが僕のなかでずっとあって。唯一やったのが若年性アルツハイマー病をテーマにした『明日の記憶』(2006年)という映画で、プロデュースもしたんですけれども。そのことを綿々と書き募ったメールを北川さんに送ってお断りをしたんですね。そしたら、その3倍ぐらい長いメールが返ってきまして。北川さん自身も病と向き合って執筆活動を続けていらっしゃるということで、そういう思いから『本当の患者と医者の関係だったりとか患者の生きていく、ただ、苦しいとかつらいというだけでなくて、喜びとか幸せって何だろうということを、本当の置き手紙みたいに私は書きたいんです、このドラマで』と。『そういう思いを持っていらっしゃるなら、参加させていただきます』ということで。脚本をいただいた時、自然死だけじゃなくて、医者が人の死をコントロールしていいのかということが前提条件になるドラマなので『テレビで(描いて)大丈夫なのかな』と一瞬思ったんですが、でも実はそのなかにある、生きることへの執着だったり、それを支える愛だったり、そういうものがそれぞれの登場人物にすごく書かれていて。読んだときは、ちょっと重いなと思ったんですけど、(妻夫木と)2人で本読みをした時にも、『もうちょっと軽くお願いします』と言われて、『そうか、そういうことなんだな』と。生きる死ぬという非常に根源的な深いドラマを描くわけですけど、やっぱり北川節というか、ライトで、ある意味滑稽、でも最後はちゃんと腑に落ちるというか、そういうドラマにきっとなるんだなと思いました」

「人生は小さな幸せの積み重ね」

――妻夫木さんは生き残る人間、渡辺さんは生ききる人間として描かれていますが、実際に演じてみて得た思いは?

妻「より一層答えがないところにアプローチをしていると思います。何のために生きているのかということが僕自身のなかで、『やっぱり僕は家族のために生きてるんだな』とはっきりと感じるようになりましたね。結婚して子供ができるまではあまりそういうことも考えなかったし、やっぱり役者という仕事が好きで、それに邁進するのみという感じで、言ってみればいつ死んでもいいなってずっと思ってたところがあったんですよ。自分が今やってることが一番だし、それに全身全霊尽くしていくということは当たり前だと思ってたから。でも、逆にいまは、『家族ができて死ねないな』と思ってるんですよね。生きてるということって、いつかは死ぬわけではあるんですけれども、死がゴールかどうかわからないけど、僕たちは別にそこに向かって生きてるわけじゃないと思うんですよね。だから、いまを生きるということが、昔はなんか「ちょっとクサいな』と思ってたけど、けっこう、いま身にしみて。1分1秒生きてることがとても貴重なことだし、何げない、コーヒーを飲んでるその瞬間だけでも少し幸せを感じられるようになった気がしますね。昔はそんなコーヒーの匂いまで嗅いで『わあ、おいしい、いい匂いだな』とか、そんなこと感じられなかったけど、そういった感覚を含めて、今は少しずつ物事に対して冷静に見られるようになってきたのかなという気はしますね。この作品を通じて、より一層それが深くなったような気がします」

渡「基本的に(このドラマは妻夫木演じる)陸の再生物語だと思ってるんですね。僕は彼と深くかかわる患者ではあるんですけど、やっぱり彼が自殺まで考えるほどに追い込まれている。その男が再生していく物語っていうことが一番の枠だと思うんです。成瀬のセリフにもありましたし。本当にいま、妻夫木が言ったことと被るんですけど、瞬間、瞬間の幸せってそんなに大きなものではなくて、本当に夜寝る前の布団の中に入った時の幸せというのが、何と言うのかな…生きるって、言葉にしてしまうとすごく大仰な感じがするんですけど、その瞬間の積み重ねなんだよねというのが、おそらく北川さんもいろいろつらいことがあるなかで、そういう小っちゃい幸せみたいなものを、日々見つけてきていらっしゃるんだろうなということを脚本のなかに感じましたね。僕自身も大きなこと、たとえばこういう大きな作品に出られましたとか、それで評価していただきましたとか、俳優としての(幸せを感じる)部分はあるんですけど、なんか人間としてはすごく些末な、日々のなかにある幸せみたいなものは、多分誰にでも、皆さんのなかにもあると思いますよね。それがこのドラマのなかにもいっぱい描かれている気がしました」

人生の最後にしたいことは…

――おふたりは、演じた役のように人生の最後にしたいことを考えたりしましたか?

妻「難しいですよね。山ほどありますよね。シンプルに、海外の作品に出てみたいという希望もあったりするし…」

渡「それ死ぬ前にやるか?」(会場笑)

妻「結局、じゃあ何をとるかってなってくると、結局また家族のことになっちゃうんですよね。死ぬ時には果たして自分の子供たちがいくつなんだろうっていうのもわかんないし。毎日毎日変化していく子どもたちを見てると、やりたいことだらけで、はっきりとわからないですよね。何をやりたいかって言ったら、死ぬ瞬間に子供たちの顔が見られたらいいのかな。もし近くにいなかったとしても、みんなが元気だったらいいのかなっていう、いまは本当にそれだけかな。何が起きるかわからない世の中だし、自分の欲目でこうしたいっていうことがあんまりなくなってきちゃいましたね。よく『次にどういう役をやってみたいですか?』とか聞かれるんですけど、いま現在はっきりとはないんですよ。目の前にいただいた仕事に全身全霊尽くすということが、僕にとっては幸せな瞬間な気がして。昔からずっとそうだったはずなんですけど、より一層シンプルになっていってる気がします。あまり余計なことを考えず、向き合う、ということですかね。自分自身のことよりも違うことに向くようになっちゃったのかもしれないです」

――お子さんたちに、どういう人生を歩んでほしいとか、何か託したいことがありますか?

妻「ある程度はあるのかもしれないですけど、彼らが大人になる頃にはもう少しグローバルな世の中になってる気がするんですよね。だから、それに向けて一緒に準備できることがあったら、いくらでも手助けしてあげたいし、親としてやるべきことはいっぱいあるとは思うんですけど、僕たちがいくら用意したって、彼らがやりたくないことはやらなくていいと思うし、チョイスするのは子供たちなので。一概に『こう育てよう』とは思ってはいないですけど、そういう相談を撮影中、ずっと謙さんにしてたら『俺もそういう相談はある女優さんにしたんだけど、そんなことよりも役に集中しなさいって言われた』って。(会場笑)でも、いつの世の中でも多分そうじゃないですか。どうなるかわかんないから、健康で元気でいられたら、もうそれで十分です」

渡「何の話?」

妻「わかんない」」(会場笑)

渡「僕は本当に成瀬と一緒ですね。考えても何も思い浮かばないというか。それは(死が)目前に迫ってるわけではないので、あれなんですけど。なんか、相当北川さんは憤慨してるよね。『《死ぬ前に何がしたいか?》みたいな映画とかドラマってふざけんな!』みたいなセリフがいっぱいあるんですけど、一つ前の質問にお答えしたのが、まさにそうで。日々のなかで見えてくるもの、見つけられる瞬間の積み重ねが人生みたいなもんで、たとえば1つの作品をやってても、大変な日もあれば楽しい日もあるし、でもそれが積み重なることで作品になっていくというのが、もっと大きい意味で人生になっていくという感じなので。無駄な1日もいっぱいあるんですけど、そうやって積み重ねていくんだろうなということですよね」

「謙さんは、すごく計画的に生きてきた方だと思っていたが…」

――たとえばこれをやり残してるとか、今年1年はこれをやりたかったとかそういうことは…

渡「ないですね。それは(妻夫木と)同じなんですよ。目標とかゴールとかって設定してないんで、もういま目の前に来るものとどう向き合うかで精一杯」

妻「僕も謙さんと話をちゃんとするまで、すごく計画的に生きていらっしゃる方だと思ったんです。なんかそういうイメージありますよね? 別に無計画なわけじゃないですよ。(会場笑)『その仕事って、そんなに急に来たんですか? で、たまたま空いてたからやれたんですか?』とかそういうことがけっこう多くて…」

渡「ミドルネームは行き当たりばったりです」(会場笑)

妻「だから本当に、人生ってわかんないんだろうなって。特に謙さんはご病気もされたし、いろいろあったと思うんですけど…」

渡「うるさい!」(会場笑)

妻「いろいろ話を聞いているなかで僕らまだこれっぽっちしか生きてないんだもんなあ…みたいな。謙さんが映画『ラストサムライ』(2003年)やった時って…」

渡「42」

妻「ですよね。僕とあんまり変わらないぐらいの年だったんですよ。何があるかわかんないんだなあって」

妻夫木の“誉め殺し”に「もういいよ…」と渡辺

――おふたりはドラマの「池袋ウエストゲートパーク」(00年 TBS系)と映画「怒り」(16年)に揃ってご出演されていますが、いずれも共演シーンがなく、本格的な共演は今回が初めてだと思いますが、実際に共演されての感想をお聞かせください。

妻「同じ作品には出ていながら、一緒にお芝居する機会がなかったんですけど、会うといつも気さくに話してくださって、(『怒り』の)李相日監督と謙さんがすごく親しいので、李さんからお話を聞いていたりしてはいたんですが、想像以上にキュートな方でしたね。それが一番意外でした。当然クレバーな部分は持っていらっしゃるし、アイデアマンだし、この作品をもっといいものにするにはどうすればいいか、ワンシーンワンカット貪欲に向き合っていらっしゃるなと思ったんですけど、人間性として本当におちゃめな方なんですよ。謙さんがいると場が和むんです、シンプルに。謙さんが先にアップしたんですけども、現場が謙さんロスっぽい雰囲気になってるんですよね。なんかこう、ピースが足りないというか。なんか今日はシャキッとしないと思ったら、謙さんがいないからなんだなと。そういう特別感を持った方ですよね。求心力がとてつもなくある方なんですよ。自然にそうなってるんですよね。当然リーダーシップもとれる方だし。なんでそんなに何でも持ってるんだろうって。包容力もあるし。新人のスタッフからベテランの役者まで、誰に対しても同じ目線で向き合ってくれるんですよね、ホントに…」

渡「もういいよ…」(会場笑)

妻「それがうれしいですよね。『池袋』の時からそうだったと思うんですよね。まだ(自分が)18か19くらいだったけど、現場で普通に話してくださったし、それぐらい同じスタンスでいてくれたと思います。やっぱり若い人の意見を聞いてくれる人がいる現場というのは、すごく励みになるし強みになるんですよね。若い時についたマネジャーに『お前はどう思うんだ?』って聞かれたときに、自分のことを信頼してくれているんだと思ってすごくうれしかったことがあって、謙さんはその心をずっと忘れずにやってるんだなって思って、すごく励みになりましたね」

渡「(最初に会った時から妻夫木は)変わんないんだよね。別の作品をやっていて、スタジオで偶然すれ違って『おー!』って言ったりとか、結婚して子供ができて背負うものもできたと思うんですけど、全然変わんないんですよ。(演じている時とは)別人格っていうか、実人生を素敵に生きているんじゃないかな。だからいつ会っても印象が変わらない。わりと若く見えるというのが(役者としては)損だと思うんですよ。これから40、50代になってどう顔とか生き方に年輪を重ねていくんだろうというのは、逆にすごく楽しみですね。変わらない部分が変わっていくことと変わらないことが、どういう風にこれから変化していくのかが僕は楽しみです」

――この役を演じるうえで何かおふたりでお話しされたことはありましたか?

妻「撮影に入る前に、謙さん家に泊まりに行ったんですよ。その時にちょっと話しましたかね…」

渡「クソまじめなんですよ。(会場笑)(今作の劇中に登場する)“キャンプで食べる世界一おいしいウインナー”というのを実践したくて、家に来る前にキャンプ場行ったらしいんですよ。オートキャンプでテント張ったわけじゃないんですけど、その日がこの年一番、山が寒い日だったんですよ。ちゃんと眠れなかったらしくて、こんなに(疲れた様子に)なって来たんですけど、そうやって『おいしいものを食べた時は自分がどう感じるんだろう?』とか、ちゃんと実践してから(撮影に)入るんだなと思って。その夜はめちゃおいしいお肉を食わして、温かくして寝かしましたけどね」

妻「おいしかったですね。やっぱり僕自身が死に対してどう向き合おうとしてるのかっていうところがあったと思うんですけど、(それはつまり)どういう表情してるかっていうことだよな?って話したのはなんとなく記憶しています。他はずっと謙さんと過ごしてたって感じですかね?」

渡「そうね。ただ、このドラマの一番核心の部分は、最後になるまで視聴者にはなかなかわからない。この見えない影みたいなものを、どうやってその上手にネタバレしないように積み上げていくかはけっこう至難の技だよねっていう話はしました」