ペロブスカイト太陽電池の実用化が近づいている。中国や英国などの海外メーカーを含め、事業化を目指す動きが世界で活発になる中、国内メーカーは市場をどう勝ち抜くか。それぞれの研究開発や事業戦略の現在地を追う。2回目はガラスを基板に用いるパナソニックとアイシン。

発電する建材ガラス

「建材ガラスを発電できるようにする」−。パナソニックホールディングス(HD)技術部門テクノロジー本部マテリアル応用技術センター1部の金子幸広部長の言葉は、同社の戦略を象徴している。建材ガラスは強度を高める処理などによって見ても気付かない程度の微細な凹凸や反りが発生する。そうした平滑ではないガラス基盤にも均質な発電層を一括成膜しやすいインクジェット塗布とレーザー加工の技術を生かし、サイズや透過度を制御できるセミカスタムの建材一体型太陽電池(BIPV)として、2028年頃にペロブスカイト太陽電池を事業化する。

同社がセミカスタム型BIPVで市場に挑む背景には、過去の苦い経験がある。シリコン太陽電池市場からの生産撤退だ。11年に完全子会社化した旧三洋電機を源流として製品を手がけていたが、中国メーカーとの価格競争で採算が悪化し、21年度に生産を終了した。金子部長は「(中国メーカーも研究開発を活発化させる中で)シリコン太陽電池のように同じ形式のものをたくさん作るビジネスモデルは難しい。自社技術を生かせる部分を加味してセミカスタムを市場参入の入り口にしたいと考えた」と説明する。

建材ガラスにインクジェット塗布でペロブスカイト層などを成膜し、その後、レーザー加工で透明化・集積化する際に、透過度を制御する。透過度が低く発電量が大きいガラスや発電量は少ないものの透過度が高いガラスについて、顧客の要望に応じて柔軟に提供できるようにする。

シリコン太陽電池のBIPV製品と比べて、コスト面でも優位性を持てると見込む。「窓や壁のサイズは一品一様。規格品のシリコン太陽電池をそれに合わせようとすると加工費が高いという課題がある。我々としてはインクジェットにより(サイズに合わせて)一括で成膜することで、そうした加工費をなくせる」(金子部長)という。

20年に30㎝角の実用サイズで、変換効率16.09%と当時の世界最高効率を達成した。現在は18.1%まで伸ばしている。有機ELディスプレイの製造で培ったインクジェット技術のほか、14年の研究開発当初から大面積での高効率化を意識して材料組成の最適化を進めてきた成果という。

同社はペロブスカイト太陽電池の関連技術について10―21年に2つ以上のカ国・地域に特許出願された「国際展開発明件数(IPF)」の出願人別でトップだった。金子部長は「出願件数が多いからと言って我々が優位に立っているとは思わない。ただ、強い特許の出願は大事。今後も取り組まなければいけない」と力を込める。

現在はさらなる大面積化を進めている。24年度中に1m×1.8mのサイズで一定の性能を持つモジュールを開発する。耐久性は20年相当を目指しており、小面積のセルでは実現の兆しが見え始めているという。

将来は二つの太陽電池を積層して高効率化する「タンデム型」の事業化も視野に入れる。ただ、この連載(上)で触れた、東芝エネルギーシステムズが想定するシリコンとペロブスカイトの積層とは異なり、二つのペロブスカイト太陽電池を積層して高効率化を狙う。ペロブスカイトは材料の組成により吸収が得意な光の波長を変えられる。そうして2つのペロブスカイト太陽電池を作製して積層する。「ペロブスカイト単層ではシリコン太陽電池の変換効率は超えられない。将来の高付加価値のアイテムとして(事業化に向けた)研究開発の計画に入れている」(金子部長)と説明する。

0.3mmガラスで軽い太陽電池

アイシンは厚さ0.3mmの薄板ガラスを基板に用いる。曲げやすさはフィルム基盤に劣るものの、耐荷重の低い屋根や壁面に設置する際に求められる軽さの閾値となる「1㎡当たり3kg以下」を達成できるという。ガラスは、ペロブスカイト材料が忌避する水蒸気に対するバリア性がフィルムに比べて高い利点もある。26年4月をめどに自社工場の屋根や壁を中心に設置した大規模実証を開始し、30年以降に最低20MW(メガワット)の生産体制を整えて事業化する。

同社の強みはスプレー塗布の技術と研究開発子会社のイムラ・ジャパン(愛知県刈谷市)だ。スプレー塗布は自動車部品の塗装で培った技術を生かす。パワースライドドアやアウトサイドハンドルなど三次元の曲面に均一な膜を塗る技術を持っており、それを応用する。

もちろん、部品塗装とペロブスカイト太陽電池の塗布に違いはある。例えば、部品塗装は30μ―100㎛(マイクロメートル・100万分の1メートル)の厚さで塗るが、ペロブスカイトの膜は1㎛以下だ。また、スプレー塗布はノズルから吹き付けるミストの大きさや、吹き付ける際に流す不活性ガス(キャリアガス)の種類・強さなど最適化が必要な要素が多数あり、難易度は高いという。

ただ、同社製品開発センター先進開発部グリーンエネルギー開発室の中島淳二主席技術員は「スプレー法はノズルが安価なため設備コストが安く、(インク材料組成や基板温度、雰囲気制御などの)設計自由度が高いため、工程トータルでかなりの低コスト化が見込める。長い目で勝ち筋があるのではないか」と自信を見せる。

一方、イムラ・ジャパンは1998年から色素増感太陽電池用の材料を研究開発しており、そこで培った材料合成技術を生かす。「イムラ・ジャパンで材料を合成して、それを(アイシンのペロブスカイト太陽電池で利用して)評価するサイクルを迅速に回せる」(中島主席技術員)と強調する。

アイシンはこうした体制を生かし、安価で資源制約の少ないカーボン電極を用いた30㎝角のモジュールで変換効率14.14%、金電極を用いた10cm角では17.04%を実現した。25年度までに変換効率20%、耐久性20年相当を目指す。

4月には本社地区の建物外壁に設置し、実証実験を始めた。競合となる薄膜のシリコン太陽電池も並べて設置し、発電量を比較している。早朝や夕方などの日射が陰り照度が低い時間帯や高温時に、ペロブスカイト太陽電池はシリコン太陽電池より多くの発電量を示しているという。「年間発電量はペロブスカイト太陽電池がシリコン太陽電池の1.1−1.2倍になるのではないか」(中島主席技術員)と見通す。

需要先は工場屋根や外壁のほか、将来は車載用を狙う。同社はルーフパネル製品を供給しており、それにペロブスカイト太陽電池を一体化させた製品などを提案する考えだ。