紙おむつの原料に使われる高吸水性樹脂(SAP)事業をめぐって、化学メーカーの対応が大きく分かれてきた。人口増加を背景に需要拡大を見込むアジアを中心に攻勢をかける一方、事業撤退してリソースを注力分野に充てる動きもある。市場はSAPの汎用製品化や中国メーカーの台頭で価格競争が激化している。各社は紙おむつ需要や競争優位性を見極め、次の成長に向け布石を打つ。(大阪・岩崎左恵、京都・小野太雅、山岸渉)

住友精化/アジア開拓、合理化推進

「(子ども用紙おむつの)普及率や人口などを考えると魅力的なマーケット。まだまだ伸びると想定する」。住友精化の青山聡執行役員はインドや東南アジアをこう捉え、需要を取り込む考えだ。

こうした市場に対応するため、子会社のスミトモセイカシンガポールに約1億6000万ドルを投資し、吸水性樹脂製造設備の増強を決めた。2025年10月の完成を目指し、年産能力を既存の7万トンから2倍の14万トンに引き上げる計画だ。

ここ数年は設備を新設せず、能力を増やせるよう生産設備を合理化して数量増に対応してきた。

生産性の低い設備を止めたり、原料費やエネルギーコストをサプライチェーン(供給網)全体で抑えたりして、製品のコスト競争力を強化。「今後も引き続き海外を含め各地の合理化は継続する」(青山執行役員)という。

住友精化はSAPを重合法の一つである逆相懸濁重合法を用いてバッチ式で製造している。これにより、粒度をコントロールしやすく、顧客が要望する吸水性能に応じた製品を作りやすくなる。比較的単価の高い紙おむつに採用されており、こうした強みを生かして差別化に成功している。

日本触媒/高品質強みに拡販

※自社作成

日本触媒はSAPの生産能力で世界トップを誇る。姫路製造所(兵庫県姫路市)のほか、ベルギーやインドネシア、米国、中国と世界5拠点で生産。グローバルで10%増産できる体制を構築して年71万トンの生産能力を維持し、世界需要を見極め各拠点で対応している。

日本触媒はプロピレンから原料となるアクリル酸を製造し、さらにSAPまで一貫生産することで安定供給できるのが強みだ。同社のSAPは加圧下でも吸水能力が優れているほか、吸水と拡散のバランスを最適化することでSAPの能力を最大限発揮できるのが特徴だという。

野田和宏社長は「2―3年でほぼフル生産になるよう販売を拡大する」と意気込む。特に子ども用紙おむつ向けの需要が増えるとみており、インドなどアジア地域を重点市場に位置付ける。中国や韓国メーカーなど競合が多く、市場の競争は激しいが、多根直毅アクリル事業部吸水性樹脂営業部長は「品質では負けることはない」と強調。同社のSAPは高級な紙おむつを中心に使われており、品質や機能面を訴求し、紙おむつメーカーへの販売に力を入れる。

日本触媒のSAP吸水前(左)・吸水後

三洋化成工業のSAP事業撤退に伴う販売の変化について、野田社長は「引き合いが来ている」とし、そのニーズを取り込んで国内の販売数量を伸ばしていく考えだ。

また中国から低価格なSAPがアジア市場に流入しているが「下げ止まり感がある」(野田社長)と指摘。販売機会を逃さないように値上げを進めながらSAP事業の収益を改善する意向。

また、日本触媒は三洋化成と19年に経営統合の検討を始めたが、新型コロナウイルス感染症の影響で事業環境が急速に変わったことから20年に中止した経緯もある。

三洋化成/注力分野に資源集中 汎用品化、品質で差別化困難高品質強みに拡販

三洋化成の中国のSAP生産拠点

三洋化成工業はSAP事業から撤退する。三つあるSAP生産子会社のうち、日本とマレーシアの2社は24年度上期までに生産を停止するほか、中国にある1社は、現地化学メーカーへの売却検討を始めた。SAP市場の競争激化により、同事業は17年度から断続的に赤字が発生していた。事業撤退し、経営資源を成長分野に投じることで、収益力改善につなげる。

三洋化成は1978年に世界で初めてSAPの商業生産をスタートさせ、紙おむつの普及拡大により事業を拡大してきた。そんなSAP業界のパイオニアである同社だが、SAPメーカーの乱立に伴った供給過剰による価格競争の激化や中国の新規参入メーカーの技術が向上。品質による差別化が難しくなった。三洋化成のSAP事業の収益性は悪化し、24年3月期の同事業の営業損益は約16億円の赤字だった。

須崎裕之取締役常務執行役員は「SAP技術はコモディティー化しつつあり、品質面での優位性が出しにくくなっている。SAP原料を内製する競合もいる中、調達に頼る当社がコスト面で対抗するのも難しい」として撤退を決めた。ただ「同事業に割いていた人材やカネといった経営資源を、早期に成長分野へ充てる」という。

特に注力するのは、新規医療材料である機能性たんぱく質シルクエラスチン。床ずれや糖尿病患者の創傷の治癒材や、膝の半月板再生用途などで実用化を進めており、グローバルで需要を見込む。

【独BASF】アクリル酸増産/【独エボニック】投資会社に売却

外資大手ではSAP原料のアクリル酸で世界最大メーカーの独BASFはSAPの生産体制の整備に取り組む。同社はSAPの生産拠点をベルギー・アントワープなどグローバルで5拠点持つ。中国・広東省湛江市のフェアブント拠点(統合生産拠点)ではアクリル酸複合生産設備を新たに建設する計画。25年に稼働する予定だ。SAPを含め幅広い用途があるアクリル酸に対するアジア市場の需要に対応する考え。

23年にはベルギーのアントワープに最先端のSAPに取り組むパイロットプラントを立ち上げた。SAP事業のイノベーション力を高め、製品開発から生産規模までのスケールアップを加速させるため、最新のデータ収集技術とセンサー技術を整備している。

一方、独エボニックは事業ポートフォリオ変革の一環でSAP事業の売却を決めた。同社はSAP事業を投資会社のインターナショナル・ケミカル・インベスターズ・グループ(ICIG)に売却する。ICIGはドイツ・米国など計5カ所の生産施設を取得し、24年半ばに完了する見通し。

国内メーカー4社が加盟する吸水性樹脂工業会によると、23年の国内で生産された吸水性樹脂出荷量は前年比5・1%減の49万7794トンだった。このうち輸出は同3・0%減の約30万トン。国内は少子化で減少傾向にある。一方、海外は新興国を中心に個人の衛生意識の高まりから需要が伸びる見通しで、地域により年率3―5%で成長すると予想する。

紙おむつは子ども用がアジアを中心に増えている一方、日本や欧州、北米では減少。逆に先進国では大人用紙おむつが増えているという。

最近の動きとして中国では紙おむつの普及に伴い、SAP市場に新規メーカーが相次ぎ参入し、中国国内需要を超えた供給過剰の状態。そのため、日本や東南アジア諸国連合(ASEAN)など周辺国に販売を広げる動きが広がっており、価格競争も激化している。


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