毎日が野球日和の春真っ盛り、今年も「この野球マンガ〜」トップ3が決定しました! 本命はもちろん、世間の話題を集めたあのタイトル。続く注目作に選ばれるのは果たしてどれか。野球マンガ評論家のツクイヨシヒサと、水島新司評論でおなじみのオグマナオトによる業界分析。アニメ化でヒットにブーストをかけている人気作のニュースも含めて、この記事を読めば2024年の野球マンガの現在地がわかる!
◆鬼門だったサブカル界隈で、野球マンガが1位に輝く!
<『ダイヤモンドの功罪』あらすじ>
人一倍やさしく繊細な少年・綾瀬川次郎。みんなと仲よくスポーツをしたいと願う彼だったが、生まれ持つ類い稀な運動神経のせいで、どこへ行っても知らぬ間に誰かを傷つけてしまう。そんな綾瀬川はやがて野球と出会い、「これだ」と心に決めるのだが……。
ツクイ いきなり本題に入りますけど、今回は例年と大きく状況が違うんですよね。
オグマ そうですね、驚きました。宝島社が毎年刊行している『このマンガがすごい! 2024』のオトコ編1位に、なんと野球マンガの『ダイヤモンドの功罪』が輝きました。
ツクイ 僕も以前、宝島社『このマンガがすごい!』の選者をやっていたことがありますけど、あのランキングは伝統的にサブカル系が強い。スポーツものには票が集まりにくいんです。野球マンガに投票したのが僕ひとりという年もありましたから。
オグマ にもかかわらず、堂々の1位を獲ってしまったわけですね。
ツクイ 当然ですけど、僕もオグマさんも『ダイヤモンドの功罪』が素晴らしい作品であることに、まったく異論はない。なにしろ去年の時点で……。
オグマ 僕たちの間では「来年は『ダイヤモンドの功罪』で決まり」という話はしていたんですよね。ただ去年の選考時点では、この企画におけるレギュレーションのひとつである、「コミックス1巻が発売していること」を満たしていなかったので、あえて除外していました。
ツクイ 何か、あと出しジャンケンのいいわけみたいで恥ずかしいです(笑)。でも、それだけ傑出した作品があるにもかかわらず、あえてニッチな作品を通んで挙げるのはもっと恥ずかしいと思うので、今年は『ダイヤモンドの功罪』が1位でいいでしょう。
オグマ 賛成です。
◆現代の野球少年たちの環境がリアルに投影
ツクイ で、作品の内容についてですけど、あらすじや概要はあちこちのサイトで紹介されているので、ご存知の方も多いと思います。ものすごく要約すると、本人が望まぬ野球のギフテッドを授かった心優しい主人公が、友だちや大人たちとのすれ違いや軋轢をどう受け止めていくのか、といったことが主題に置かれた作品です。
オグマ 非常に現代的な視点とテーマを用いているのが特徴で、野球シーンそのものよりも、主人公と周囲の心の機微が丁寧に描かれています。と同時に、リトルやボーイズほか10代の野球少年たちを取り巻く環境がリアルに投影され、野球界全体の問題とリンクされているのも特徴でしょう。まさに「令和の野球マンガ」といった感じです。
ツクイ その辺りの「天才への憧憬」と「逃れられない現実」とのバランスのよさが、野球ファン以外の読者へも届く、リーチの長さを実現していると思います。とはいえ、じつは『ダイヤモンドの功罪』についての作品解説は、去年に開いた本企画のイベント(※)でもかなり時間を割いていて、同じ内容をここで再現するといつまで経ってもランキングが終わらない(笑)。
オグマ かなり長く話していましたからね。あの時点で、すでに「宝島社の『このマンガがすごい!』でもランキングに入るだろう」という話は出ていました。まさか1位になるとは思いませんでしたけど。
ツクイ なので、今回はランキングの続きを急ぐとして、『ダイヤモンドの功罪』論については、またあらためて別の記事で深掘りしていきたいと思います。
オグマ わかりました。
※東京・阿佐ヶ谷ロフトAにて、2023年8月14日に開催された「『この野球マンガがすごい!』」ナイト 『大甲子園』編」のこと。第2回も開催予定。
◆「バカ野球マンガ」の系譜に、また新たな1ページが紡がれる
<『痛がるキミがタマらない!』あらすじ>
美少女ながら、倒錯した性癖を持つ残念な女子高生・苺谷萌果。彼女の大好物は、イケメンキャッチャー玉城くんの股間に野球のボールが当たること。前代未聞のラブコメが行き着く恋の行方は!?
ツクイ では1位が決まってしまったので、今年は上から順番に発表しましょう。2位は『痛がるキミがタマらない!』です、おめでとうございます!
オグマ 一気にイロモノの香りが漂い出しましたね……。
ツクイ 確かにイロモノですけど、これは野球マンガ史に残るイロモノですよ。美しいJKの主人公が、爽やかイケメンキャッチャーの股間にボールが当たるサマを見て萌えるという、ニッチを極めて煮詰めたような一作です。
オグマ あらためて聞いても、ホンッッットにくだらない(笑)。
◆珍プレー好プレーでは定番だが…
ツクイ 桃川ささみ先生という、おそらく女性の作者の方なんですけど、ご本人のこだわりはまだしも、これがどうやってKADOKAWAの編集会議をすり抜けて書籍化まで辿り着いたのかが本気で不思議です。
オグマ 確かにキャッチャーの股間にボールが当たるシーンは、「珍プレー好プレー」などでも定番の人気コンテンツではありますけど……。
ツクイ それ一発でコミックス2巻分もの量を積み重ねるという、作者の情念に狂気を感じます。ちなみに硬球が当たったことのあるキャッチャー経験者は、大体あのシーンを見て笑ってないですよね。シャレにならない痛さらしく、気持ち悪くなるとか。
オグマ その話を聞いているだけでも、同じ男として寒気がしてきます。
ツクイ とにかく野球マンガ史に連綿と続く、ホメ言葉としての「バカ野球マンガ」の系譜……『逆境ナイン』や『地獄甲子園』、『幕張』などの流れに、また新たな1ページを加えたというか、ツメ跡を残したというか、むしろツメ跡しか残らなというか、まあそんな作品なので、同時代を生きている今、みなさんの目にも焼きつけておいてほしい作品です(笑)。
◆トリッキーなアイデアと駆け引きで、プロ野球界を生き抜く第3位
<『ドラハチ』あらすじ>
高卒捕手の黒金八郎は、想いを寄せる幼馴染・土門鈴から出された「結婚の条件」を満たすため、超弱小球団「カーボンズ」にドラフト8位で入団。過酷なプロ野球の世界で、入団1年目での優勝&MVPの実現を目指し、かつてない下克上に挑む。
オグマ 3位は僕のほうから発表しますか。プロ入団1年目でのチーム優勝&MVP獲得を宣言した『ドラハチ』となりました! タイトルは、主人公がドラフト8位で入団することから名付けられています。
ツクイ 野球の才能はさほどでもない主人公が、知恵と駆け引きで相手を出し抜いていくタイプのストーリーですよね。
オグマ はい。水島新司ファンのなかで特に評価が高い『ストッパー』という作品がありますけど、本作は「令和の『ストッパー』になれるかもしれない」という可能性を感じさせます。アイデアの斬新さと、発想の面白さで読者を惹きつけていくという。
ツクイ いち例を挙げると、非力なはずの主人公がキャンプのバッティング練習でサク越えを連発するというエピソードが、作中に登場します。じつは違法に高反発改造したバットを使っていた、というネタなんですけど、別にキャンプで違法バットを使っても罰則はない。ドラフト8位の主人公が、自分の存在をアピールするためには手段なんて選でいる余裕はないんだ、という覚悟を示すと同時に、毎日サク越えを数えて報告しているだけの球団担当メディアを痛烈に皮肉っているところが面白い。
オグマ そうしたトリッキーかつテンションの高いエピソードを連発しながら、ペナントレース後半まで盛り上げていけるのか。今後に注目です。
◆注目トピックは『忘却』アニメ化と、クロマツテツロウの手術
ツクイ 今年の注目ランキングのベスト3を挙げたところで最近、野球マンガ業界を賑わせたトピックスについて話していきましょうか。まず、映像化作品でいうと『忘却バッテリー』のアニメ化があります。
オグマ もともと『ジャンプ+』の人気作だっただけに、アニメになってどうなるのかという不安も少しありましたけど、開けてみたら思いのほか一気にブレイクして、春アニメの主役になりました。
ツクイ 中心となるセンターラインのキャラクターが際立っている作品なので、うまく女性アニメファンの琴線に触れてくれるといいなと思ってはいたものの、まさかここまで裾野が広まるとは想像しなかったですよね。
オグマ アニメイト池袋本店にPOP UP SHOPを開く一方で、プロ野球パ・リーグとコラボするなど、多方面に渡る展開を上手にこなしていると思います。
ツクイ このまま2期、3期とアニメが続いていくことを期待したいですね。
オグマ 映像化の話だと、WOWOWで『ドラフトキング』がムロツヨシさん主演でドラマ化されたことが、僕のなかではとても大きい出来事でした。作者のクロマツテツロウ先生が、いよいよ名実ともに野球マンガ界を牽引する立場であることが証明されたなと。
ツクイ クロマツ先生といえば、3月に発売された『ベー革』5巻で、先天性の指定難病である「もやもや病」の手術を行っていたことを明かされていました。オグマさん、ご存知でしたか?
オグマ いえ、知りませんでした。『ベー革』は休載していたものの、『ドラフトキング』は進んでいたので、まさかそんなことが起きていたとは……。
ツクイ 僕もそこで「はっ、クロマツ先生が原作の『山本昌はまだ野球を知らない』が止まっているのも、そのせいだったんだ!」と思い至りました。そうですよね、クロマツ先生! 見てますか、クロマツ先生! 『山本昌は〜』の2巻、待っていていいんですよね!?
◆オレ流落合の異世界モノ
オグマ はい、次に行きましょう。新しく登場した連載のなかで、僕が注目しているのは『落合博満のオレ流転生』。3月から『モーニング』でスタートしました。もうタイトル通りの内容ですけど、単純に落合さんがファンタジーの世界に転生したら何をやり出すのか、気になります。
ツクイ 実在の元選手が転生するというネタだと、古田敦也さんがメガネに転生する『古田敦也がメガネに転生した件』がありましたけど、あれは一応、現代の高校野球という設定でした。ファンタジーの世界へ転生するパターンというのは、野球マンガの名手である渡辺保裕先生の『異世界三冠王』や、1月に完結した『野球で戦争する異世界で超高校級エースが弱小国家を救うようです。』などに近いですね。
オグマ 個人的には、現代の野球界に若返った落合博満というストーリーを読みたかったでけどね。とはいえ、落合さんはアニメを筆頭にしたサブカルとの親和性も高いですし、マンガにも本人がかなり関わってくれるのではないか、という期待も持っています。
ツクイ それならもう、思い切って『落合博満、ガンダム宇宙世紀に転生する!』のほうが僕は読んでみたいですけどね(笑)。じゃなかったら、息子の落合福嗣さんが声優ではなく、野球の道で成功すべく人生をやり直す『福嗣リベンジャーズ』とか。
オグマ それはちょっと、読みたいかも。
◆ミステリー要素もある注目作品
<『十五野球少年漂流記』あらすじ>共学1年目の博愛学舎に新設された野球部。しかし、創設を託した有名監督が急死を遂げてしまう。あとを継ぐことになった新米監督・若林耕一郎は、とにもかくにも14人の新入部員たちを引き連れて、高校野球という大海原へ出航することを決意する!
ツクイ 僕が気になっている、始まって間もない作品は『十五野球少年漂流記』。高校野球の有名監督が急死したことで、彼が集めた14人の部員は困惑。残された主人公の新米監督は、どのように彼らを導いていくのか、というストーリーです。
オグマ 部員プラス新米監督で「十五野球少年」ということですよね。
ツクイ 野球部には亡き監督が遺したノートがあり、それが大海原を航海するための海図になっている。「どういう理由で、亡き監督は14人の部員を集めたのか」という部分が、謎解きミステリーのようになっています。
オグマ 掴みは良好。現時点でまだ2巻が発売されたばかりなので、判定が難しいというのが本音ですね。
ツクイ 確かに。できれば高校野球ファンの胸を熱くする、スケールの大きな展開になってほしいです。では、今回はここまで。
オグマ お疲れさまでした!
「この野球マンガがすごい! 2024」BEST3。快挙を達成した『ダイヤモンドの功罪』が独走状態に
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