U-23アジアカップ、大岩剛監督率いるU-23日本代表は3日、ウズベキスタンとの決勝戦を1−0で勝利し、2016年大会以来となる優勝を果たした。その一方、今大会ではグループステージで日本を破った韓国に対して、インドネシアが勝利を挙げるなど「東南アジア」が新たな勢力図を描いている。アジアサッカーを熟知する英国人記者マイケル・チャーチ氏に、その進化の背景を記してもらった。(翻訳:井川洋一)

人口2億8000万人…特大のポテンシャル

 日本がパリ五輪への切符を勝ち獲ったU-23アジアカップで、域内の代表チームの実力差が、かつてないほどに縮小していることを感じた。インドネシアが韓国を破ってベスト4に入り、ベトナムは準々決勝でイラクに0-1と惜敗。特にアジア随一の熱狂的なファンを持つ前者は、次のW杯出場権を虎視眈々と狙っている。

 2014年大会以降、アジア予選を勝ち上がった国は、日本、韓国、イラン、サウジアラビア、オーストラリアの5カ国のみ。2022年大会に出場したカタールは、開催国として自動的に参加枠を得ていた。ここ3大会、世界の檜舞台への狭き門を突破できたのは、少数のエリートチームだけだったわけだ。

 ところが、次の2026年大会の参加国がこれまでの32チームから48チームに拡大され、アジアには8.5枠が振り分けられている。これにより、過去に涙を飲んできた多くの代表チームが、W杯本大会を現実的な目標と捉えるようになった。

 U-23アジアカップで同国史上初の五輪出場権を獲得したウズベキスタンや、今年のアジアカップで準優勝したヨルダン、同大会のグループステージで日本を下したイラクなども力をつけているが、もっとも勢いがあるのは東南アジア諸国だろう。なかでも、インドネシアの躍進は目覚ましい。

 以前にアジアサッカー協会の書記長を務めたピーター・ベラッペンは、同国のことを「アジアのブラジル」と呼んでいた。さすがにそれは大袈裟かもしれないが、2億8000万の人口とたくさんの熱いサポーターを持つインドネシアは、この競技においても特大のポテンシャルを宿している。

“アジア勢初のW杯出場”インドネシアのオランダ戦略

 元々、技術的なレベルは決して低くなかった。だがフィジカルを強化するメソッドや栄養学が確立されておらず、タフなチームに屈することが多かった。

 しかし5年ほど前に、いよいよ本格的な強化に乗り出した。それまではASEANの盟主として、この競技でも存在感を高めようと議論を重ねていたが、実際に形になるまでに長い時間を要している。

 最大のポイントのひとつは、旧宗主国のオランダに散らばるインドネシアにルーツを持つ選手を、いかに勧誘していくのか。30年前に筆者が初めて現地を訪れた時から、インドネシアの多くのフットボール関係者は、その話題を熱弁していた。

 実はオランダ領東インド(インドネシアがオランダの植民地だった頃の呼称)は、1938年にフランスで開催された第3回W杯に、アジア勢として初出場している。1956年のメルボルン五輪にも出場したが、以後は政治的な混乱もあって国内リーグも代表チームも機能しなくなり、いつしか2度目のW杯出場は儚い夢と捉えられるようになってしまった。

韓国人シン・テヨン監督を迎えて以降の進化とは

 だが2020年に韓国人のシン・テヨンを監督に迎えてから、潮目が変わった。

 現役時代は中盤を司り、代表監督としては母国を率いて2018年W杯に参戦した指揮官は、A代表だけでなく、U-23代表とU-20代表の監督も兼任。包括的に指導と育成の実権を握ると、インドネシア人選手に欠けていた規律を植え付け、身体能力の向上に着手した。

 さらに2023年には、インテル・ミラノの元オーナーであるエリック・トヒルがインドネシア・サッカー協会の会長に就任。インドネシア有数のコングロマリット、マハカ・グループの総裁で、同国政府の大臣も務めるビジネスマンはフットボールを愛し、母国の代表を強化すべく、懸案だったオランダ出身のタレントの勧誘も推進していった。

 FWラファエル・ストライク(ADOデンハーグ)、MFイバル・イェナー(FCユトレヒト)、MFネイサン・チュアオン(ヘーレンフェーン)、DFジャスティン・ハブナー(セレッソ大阪)らオランダ生まれの選手が次々に加わり、マルセリーノ・フェルディナンやプラタマ・アルハンら国内出身組と融合していった。

イラク監督「彼らは練り上げられたプランと戦略が」

 その大きな成果が見られたのが、先のU-23アジアカップだ。

 本大会初出場にも関わらず、オーストラリア、ヨルダン、そして韓国を下して、いきなり4強に進出したのだ。3位決定戦でイラクに1-2と惜敗したが、次の大陸間プレーオフでギニアに勝てば、68年ぶりの五輪本大会に出場できる。

「インドネシア代表は大きな敬意を払われて然るべきチームだ」とU-23イラク代表のラドヒ・シュネイシ監督は話し、このようにも続ける。

「選手の能力は高く、監督は各世代を総指揮している。進境の著しい東南アジアを代表する存在だ。彼らの急成長は偶然ではない。練り上げられたプランと戦略のもと、ここ(準決勝)に辿り着いたのだ」

 オーストラリアや韓国が欧州でプレーする選手の招集に苦しんだことを差し引いても、インドネシアの躍進はおそらくフロックではない。またアジア全体のレベルが底上げされていることも、ひしひしと感じる。

 ベトナムのように戦後に生まれた団塊の世代が国の中心となり、経済的な成長とともに代表チームを強化しているところもあるが、きっと最大のモチベーションはW杯への門戸が広がったことにあるはずだ。

トルシエから聞いた「モチベーションの源泉」

 昨年、ベトナムの代表監督に就任したばかりのフィリップ・トルシエ──2018年から様々な形でベトナムの強化や育成に携わっている指導者だ──を、筆者はインタビューする機会に恵まれた。かつて日本代表を率いたフランス人指揮官は、次のように話した。

「W杯の参加国の増加は、大きなインパクトを与えている。とりわけ、これまでに可能性を感じられなかった代表チームにとっては、とてつもなく大きな意味を持つ。希望がなければ、環境を整えたり、外国から指導者を雇ったり、育成の改革に着手したりしないだろう。私たち(ベトナム)には今、希望がある。そして我々は夢を持たなければならない」

 トルシエはその後、アジアカップの失敗の責任を取る形でベトナムを離れたが、彼の指摘は的を射ている。

 元からの強豪にとって、W杯出場国の増加は歓迎すべきものではないかもしれない。だが長年にわたって本大会を外から眺めることしかできなかった地域、そう、東南アジアの代表チームにとっては、大きなモチベーションの源泉となっているのだ。

 いよいよ本腰を入れて強化を図るASEAN諸国は近い将来、日本などアジアの列強国にとって、厄介なライバルになりうる。

文=マイケル・チャーチ

photograph by Masashi Hara/Getty Images