4月29日の東京ドーム。この日の対ヤクルト戦の巨人先発は、4月8日に右脇腹直筋損傷で一軍登録を抹消されていたフォスター・グリフィン投手だった。

 22日ぶりの復帰マウンド。ところが左腕は、立ち上がりから苦闘のピッチングが続く。初回1死から丸山和郁外野手に147kmのストレートを左前に弾き返されると、ここから3連打で先制点を許し、なお2死満塁から連続適時打で計4点を奪われた。さらに2回には自らのボークも絡んで1失点。3、4回には山田哲人内野手と村上宗隆内野手の本塁打を浴びて、自己ワーストとなる4回11安打8失点でKOを食らった。

ゴールデンウィークの惨劇

 4月23日から始まったゴールデンウイーク9連戦中の惨劇である。

「9連戦ということもあって(グリフィンに)見切り発車させてしまったかなと思って……僕が反省しています。ゴールデンウイークで今日しか観に来られていない人もいるかもしれないんですけどね。ちょっと無様な試合だったので申し訳ないと思います」

 序盤で試合が決まってしまい、3回にはグリフィンに打順が回ってもそのまま打席に送り込まざるを得なかった巨人・阿部慎之助監督は、こうファンに詫びるしかなかった。

 そしてこの試合でグリフィン以上にファンの厳しい声を浴びることになったのが、先発マスクを被った大城卓三捕手だったのである。

阿部監督が「狙い打たれたのか」と指摘した背景

 試合後に阿部監督がグリフィンの投球をこう分析していたことが、大城のリード面での問題を指摘してもいた。

「(グリフィンは)真っ直ぐが両サイドにしっかりと投げられていなかったんじゃないかなという、僕なりの見解ですけど。序盤にヒットを打たれていたのは、ほとんど変化球、その辺、狙い打たれたのかはわかりませんけど……」

 確かに全68球中で真っ直ぐが27球。残りの41球はカットボールなどの真っ直ぐ系を含めた変化球というのが投球内容だ。初回にストレートを丸山に左前安打されると、その後の配球は変化球主体となっていき、山田の2ランも村上のソロ本塁打も、打たれたのはいずれも139kmのカットボールだった。この2本塁打を含めて打たれた11安打中7本が変化球。指揮官に「狙い打たれたのか」と指摘された背景には、こんなデータがあった。

 この試合だけでなく大城がマスクを被ると「外角の変化球を中心にした配球が多い」という指摘がある。そしてグリフィンと組んだこの日の試合も、そんな大城のリード傾向が典型的に現れたものだったということになるだろう。

 だからこそこの結果に、大城への厳しい批判が溢れることになってしまったのだ。

 ただ、ここで1つ、思い出す話がある。

 それはヤクルト監督時代の野村克也さんから聞いたリードの話だった。

「バッティングのいいキャッチャーは、投手の真っ直ぐにキレがないと、自分が打席に立ったときに置き換えて『これじゃあ打たれてしまう』と思ってしまう。だから変化球中心の配球で何とかかわそうとする」

 まさに大城のことを評したようなノムさんの論評である。ただ、実はこの言葉は若い頃の阿部監督、捕手・阿部慎之助のリードを評して出てきた言葉だったのだ。

“打てる捕手”だった阿部監督のハードル

 阿部監督といえば2000年代を代表する強打の捕手であることは言うまでもない。当時の長嶋茂雄監督(現巨人軍終身名誉監督)によって入団1年目からレギュラー捕手に抜擢されたが、一方で捕手としての素養にはノムさんだけでなく、多くの“ご意見番”から注文をつけられ、負ければその配球に責を負わされることも多かった。

 そうして厳しい批判を浴びながらも、経験を積み重ね、捕手・阿部慎之助は配球だけでなく捕手としての素養、振る舞い、発言などを学び、吸収することで成長していった。同時に捕手という重労働をこなしながら、バットでも首位打者、打点王など数々の打撃タイトルを手にした。捕手として4番としてキャンプテンとして、巨人だけでなく、日本代表を引っ張る存在へとなっていったのである。

 そういう経験があるからこそ、大城に対する阿部監督のハードルは高い。

 大城は昨年は125試合で先発マスクを被って正捕手としてのポジションを確立。打率2割8分1厘、16本塁打をマークし“打てる捕手”として存在感を示してきた。阿部監督も就任当初から正捕手としての期待を寄せ、開幕から5試合連続で先発マスクを被らせたことがその証でもあったはずだ。

捕手3人体制へ

 ただ開幕6試合目の中日戦で“スガコバ”コンビが復活。そこで小林誠司捕手が見事に菅野智之投手の再生を手助けするリードを見せると、その後は岸田行倫捕手を加えた3人体制で捕手を回していく戦いが続いている。

 今季32試合を消化した5月5日時点で大城が先発マスクをかぶったのは14試合。その時のチーム成績は6勝8敗と2つの負け越しだ。一方、小林は11試合で7勝2敗2引き分け(ちなみに岸田は7試合で2勝4敗1引き分け)と、小林の先発勝率の高さが目を引く。菅野の再生でも分かるように、球種の多い投手でも真っ直ぐを軸にしながら勝負球を使い分けて変化球の力を引き出していく。チーム得点が下がって、接戦を凌ぎ勝つという今の巨人の勝利パターンでは、小林の投手の力を引き出すリードが重用されるのは当然といえば当然なことなのだ。

 ソフトバンクから移籍してきた高橋礼投手が、小林と初コンビを組んだ際に「カーブとかを何球か使ってくれたり、そこで真っ直ぐ突っ込むんだみたいな、誠司さんだから突っ込めるというのもあると思う」と独特な配球を絶賛していた。断っておくが、これは大城の配球がダメだと言っているのではない。2人のコンビでも2試合連続で6回無失点の好投をみせ「大城の配球も1つのパターンとしてある」と高橋は語っている。ただ、小林の配球を含めた投手を引っ張っていく捕手としての立ち居振る舞い、ポテンシャルの高さはピカイチで、そこに移籍組の高橋も驚いている訳だ。

大城が正捕手の座を奪われた理由

 だから阿部監督は大城を先発から外す理由をこう説明する。

「岸田とか小林のキャッチャーとしての振る舞いだったりを勉強して欲しいというので(大城を先発から)外させてもらっている。そういうのを見てどう感じて本人がやるかだけだと思う」

 4月13日の広島戦後の言葉である。また5月2日付のスポーツ報知のインタビューでは、攻守の切り替えの大事さを説く発言もしている。

 大城が正捕手の座を奪われた形だが、理由の1つには肝心のバットの調子がなかなか上がってこないことがある。5月5日時点で大城は打率1割9分、2打点で本塁打は0。小林の1割5分2厘、3打点は上回るものの、岸田が3割6分2厘と打撃好調で3打点を上げている方が目を引いてしまう。開幕カードの阪神戦では1試合で2度の送りバント失敗もあり、どこか打席で迷いを感じるように見えるのも気になるところだ。

当面は“守りの野球”を重視か…

 そしてもう1つは、阿部監督が指摘するリード面を含めた捕手としての素養だ。特に今季の巨人はこれまでの攻撃型チームから守備を重視して1点を守り切る野球へと野球のスタイルが変貌してきている。捕手出身の阿部監督が守りの要としての捕手の存在に重きを置いた結果が、現在の3捕手の併用に繋がっていると言えよう。

 大城が昨年並みの打棒を見せれば、“打てる捕手”がチームにもたらすアドバンテージは大きい。ただ現在のチーム状況を考えれば、大城が本来の打撃を取り戻した上で、捕手としてもう1ランク、ステップアップできなければ、なかなか主戦捕手のポジションを取り戻すことができそうにないということである。

 当面は守りを重視し、まだしばらくは3捕手の併用が続いていくことになるだろう。ただ、優勝という目標のためには、守り重視の野球を展開しながら、どうしても得点力を上げていくことは必須の課題となっていく。そのために阿部監督が最終的に求めるのは、やはり大城がいまのようにサブ的な立場ではなく、一本立ちして主戦捕手となり、そこに小林と岸田が絡んでいく捕手3人体制のはあうである。

文=鷲田康

photograph by Nanae Suzuki