5月14日、イタリア・セリエAの強豪ペルージャへの移籍を発表したバレーボール日本代表・石川祐希(28歳)。セリエA参戦9年目の今季はミラノをクラブ史上初のプレーオフ3位に導くなど、世界最高峰の舞台でも「イシカワ」は常に話題の中心にいた。現地在住23年のスポーツジャーナリスト弓削高志氏がレポートする。

 石川祐希はバレーボール界の最高峰、セリエAで特別な存在になりつつある。 

 驚くような光景を目にしたのは、今季のプレーオフ準決勝、敵地ペルージャでの第3戦が終わった後だ。

 スポーツ観戦でのイタリア人は意外にせっかちで、どんなに大きなアレーナやスタジアムでも試合終了直後から席を立ち、5分も立たないうちに空っぽにする。第3戦当日は誰もが家路を急ぎたい日曜で、4月初旬の夜風はまだ冷たかった。

 しかし、アレーナ「パラ・バルトン」のアウェーチーム用出口には石川を間近で一目見たい、彼のサインが欲しいと願うファンがわんさといた。ドーピング検査の対象となった石川が退出するには時間がかかると判明した後も、遠路はるばるミラノから駆けつけた熱心な応援団に加え、男女を問わない地元ペルージャの10代のファンたちは辛抱強く待ち続けた。

「ユウキ! ユウキ!」

 試合終了からたっぷり1時間は経った後、ようやく姿を現した石川に彼らは歓声を上げた。

「ユウキのような好青年はそうそういないわ」

 ミラノから片道450キロを分乗してやってきた主婦ファンに、なぜここまでと尋ねたら「ユウキみたいにいつでもどんな場面でも爽やかな好青年はそうそういないわ。好きにならずにいられないわよ」と返ってきた。同行のグループ一同がうなずき、敵地ペルージャのファンに尋ねても同じような答えが返ってきて、正直感嘆した。

 プレーオフ期間中、石川は同僚マッテオ・ピアノを聞き手にした公営放送RAIのTVインタビューにも答えている。パスタ好きを突っ込まれ、アウェー遠征時の間食にも食べることを白状させられると、陽気なピアノはカメラに向かい声を上げた。

「さあ皆さん、ユウキ・イシカワのようにバレーが上手くなりたければランチの後、おやつでもパスタを食べよう!」

 軽妙なやり取りはイタリア人の自国料理愛をもくすぐり、話題になった。

 世界各国のスターが集まるセリエAで極東アジアのエキゾチックな外見を持つ石川と高橋藍(モンツァ)は稀有な存在であり、一般ファンの関心を集めやすい。だが、地元クラブ愛の強いイタリアで、所属クラブの垣根を越えた支持を集められる選手は極一部のスーパースターだけだ。

 モデナでの初参戦から足掛け10年、石川の人気はバレー界のイタリア全国区に広がった。彼が2024年のセリエAにおける現在進行形アイドルであることは間違いない。

 だが、そこはプロの世界、実績が伴わなければ評価も人気も得られようはずがない。

クラブ史上初の3位に導く活躍

 バレー王国イタリアでの9シーズン目、石川は所属するパワーバレー・ミラノをクラブ史上最高位となる3位に導き、CEV(欧州バレーボール連盟)チャンピオンズリーグ出場権獲得の原動力となった。

 ミラノ在籍4年目の石川は、昨季リーグMVPのOH(アウトサイドヒッター)マテイ・カジースキやセッターのパオロ・ポッロらとともにチームの得点源として活躍。

 今季のレギュラーシーズンとプレーオフで石川が挙げた総得点475ポイントは、セリエA全体の中で堂々4位にあたる好成績だ。1位のイタリア代表アレッサンドロ・ミキエレット(トレンティーノ)をはじめ錚々たる強打者が居並ぶ中で、エース総数でも石川はランキング3位に相当する45本を決めた。いかなる強豪クラブであっても、対戦の際に石川を無視することはできない。

 2023-24シーズン、国内カップ戦のコッパ・イタリアでも、セリエAプレーオフでも準決勝で石川の前に立ちふさがったのが、リーグ屈指の強豪ペルージャだった。

 ペルージャは、2022年世界選手権を制したイタリア代表正セッター、シモーネ・ジャンネッリを筆頭に、2023年欧州選手権MVPのポーランド代表OHウィルフレド・レオンや昨年のネーションズリーグと欧州選手権で優勝したポーランド代表OHカミル・セメニュクらを揃えた世界選抜ともいえる豪華スター軍団だ。優勝請負人アンジェロ・ロレンゼッティを新監督に迎えた今季はイタリアスーパー杯を皮切りにクラブW杯、コッパ・イタリア、そしてスクデットの国内外4冠を達成。王者にふさわしい堂々たる戦いぶりだった。

 ミラノも決して悪いチームではなかったが技術面での差に加え、ベンチ層の厚さや指揮官の経験、タイトル獲得への執念やクラブ組織のノウハウ、ファンの熱などあらゆる面でペルージャには及ばなかった。

 プレーオフ準決勝でも圧倒したペルージャの対ミラノ攻略法が、チームの要である石川潰しにあったことは明白だった。相手ホームの第3戦ではサーブでもアタックでも狙われ、リズムを狂わされた石川はたまらずベンチへ下げられた。いかなる苦境でもコートの中にいるべき背番号14が、苦い眼差しで戦況を見つめていた。

見返した3位決定戦での決定力

 人気と実力がどれだけあっても、真のトッププレーヤーになるには、タイトルが不可欠だ。石川が「スクデットを」と何度も口にしているのもその思いがあるからだろう。

 石川は敗れっぱなしで終わらなかった。

 セミファイナルの後、3位決定戦に臨んだミラノは強豪トレンティーノを3勝1敗で下した。優勝レースの対抗馬だった相手が準決勝で伏兵モンツァによもやの敗退を喫し気落ちしていたのは確かだが、弱り目の相手へ畳み掛けるしたたかさを見せた石川のメンタルの強さこそ頼もしいと評価すべきだろう。

 5月14日、新セリエA王者ペルージャへの移籍が正式発表された。

 長年チームの大黒柱だったレオンの退団に伴う、後釜としてイシカワ獲得は、イタリアのみならず欧州バレー界にとっての大きなニュースバリューを持つ。

「石川の加入で、ペルージャは完全無欠のチームになる」

 イタリア最大手スポーツ紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のペルージャ番記者アントネッロ・メンコーニは語気を強めて言った。パリ五輪後に合流するであろう石川には新戦力として高い期待がかかる。

「攻撃の決定力ではレオンに軍配が上がるが、守備力では石川の方が上。多くの人間は気づいていないかもしれないが、プレーヤーとしては現時点でレオンより石川の方がより完成度が高いと私は考えている。石川はペルージャに戦術面と技術面で高次元のチームバランスをもたらすだろう」

 最強ペルージャには取り逃がしたタイトルがある。欧州王座であるCEVチャンピオンズリーグだ。

 クラブ最大の挑戦に向けた切り札が石川なのだと、ペルージャのジノ・シルチ会長はスクデット獲得後の地元紙インタビューでいち早く明かしていた。

ミラノの反応は…「イタリアに残ってくれるだけで十分」

 ペルージャの体育館で石川を出待ちしていたミラノのファンたちとのやり取りを思い出す。4月初旬当時、すでに石川の来季ペルージャ入団はイタリア現地で既成事実化していた。

「寂しくなるけど仕方ないわ。でもイタリアに残ってくれるだけで十分。まだ彼のプレーが見られるんだから」

 ファンもメディアも異口同音に“イシカワほどの選手なら優勝を狙えるチームへ行くのが当然、彼はスクデットを獲るべきプレーヤーだ”と唱える。これが今のイタリアでの偽らざる石川評だ。

 セリエAはオフシーズンに入った。王国のバレーファンは、日本代表主将が王者ペルージャの一員としてセリエAへ帰還する晩夏を心待ちにしながら、VNLとパリ五輪を見守るだろう。

文=弓削高志

photograph by Naoki Morita/AFLO SPORT