紹介を受けて会場に姿を見せたときの、どこまでも晴れやかな表情がすべてを表しているようだった。

 5月14日、フィギュアスケーター宇野昌磨が引退会見を行った。

「このたび、私はフィギュアスケート選手を引退することとなりました。今日まで応援してくださった皆さん、ほんとうにとても感謝をしていますし、また今後スケートという道を続けていくことに変わりはないので、引き続き応援してくれるとうれしいかな、と思います」

「引退を考え始めたのは2年前」

 YouTubeチャンネル「トヨタイムズスポーツ」でもライブで中継された会見は、冒頭での挨拶を皮切りに、前半はインタビュー形式、後半はメディアとの質疑応答という構成で行われた。

 後半は引退の決断に関連する質問から始まった。いくつか尋ねられる中で、宇野はこう答えた。

「引退自体を考え始めたのは2年前ぐらいでした。ただそこから自分が引退する姿というのはなかなか想像できない中で、もちろん全力でスケートに取り組んできたんですけれども、それからいろんな経験をし、今に至るという形ではあります」

「コーチに伝えた時期に関しましては、全日本選手権が終わったタイミングで、ステファン(・ランビエル)コーチにこの次の大会(今年3月の世界選手権)で引退しようというのをお伝えさせていただきました」

清々しく言い切った「未練は正直まったくない」

「いい成績を残してやるぞ、という強い気持ちで競技をやってきたというよりも、毎日ベストを尽くす、そして目の前の試合を全力でいちばんいいものにするという気持ちでやってきました。世界選手権を優勝したときに、もちろん引き続き頑張るという感じは変わりませんでしたけれども、ゆづ君(羽生結弦)の引退だったりネイサン(・チェン)の引退もあり、ずっとともに戦ってきた仲間たちの引退というのを聞いて、なんかすごく寂しい気持ちと取り残されてしまったという気持ちもありましたし、そういったところから自分も考えていたのかな、と思います」

 2年後にはミラノ・コルティナダンペッツォ五輪が控えているタイミングでの引退について尋ねられるとこう答えた。

「未練というところに関してなんですけれども、正直まったくないです」

 簡潔、そして明瞭な言葉だった。

宇野を知る関係者が口を揃えて語ること

 2018年平昌五輪銀メダル、2022年北京五輪は個人戦で銅メダル、団体戦で銀メダル。世界選手権では2022年、2023年と連覇。これらをはじめ、数々の輝かしい成績を残してきた。

 国際大会ばかりではない。全日本選手権に13年連続で出場を果たし、6度の優勝を含め10年連続で表彰台に上がったことは特筆される。

 しかし宇野の真価は、成績のみにおさまらない。

 一緒に練習したことのある選手、コーチ、誰もが宇野の練習への姿勢や練習量について語る。それらの言葉が物語るのは、文字通りの「努力の人」であったことだ。それはさまざまな面で形となって結実してきた。ジャンプを例にすれば、最初に成功させた4回転フリップを皮切りにトウループ、ループ、サルコウと習得し、フリーで5本組み込むまでに至った。同じジャンプでも、踏み切る前の動作の難易度をあげて進化させてきた。

 技術面はむろんのこと、表現面でもシーズンを重ねるごとに深化させた。昨シーズン、そして今シーズン氷上で披露したプログラムはかつてない高みへと達していた。理想とする演技を日々弛みなく追い求めてきた。自らの価値観のもとに真摯に取り組んできた。その成果があった。

「彼はよくやった、と僕は思います」

 会見中、宇野は言った。

「この日まで、フィギュアスケートに全力で毎日取り組んできた自分をすごくほめたいなと思います」

 あるいは自身を客観視して語った。

「すごい彼はよくやったな、と僕は思います」

 てらいなく言い切ることができたのも、それを聞く人々がそのまま受け取れたのも、まさに全力の日々を長年積み重ねてきたからにほかならない。成績をはじめ、明確に全力の日々を氷上に示してきたからこそである。

 全日本選手権最後の出場となった2023年にも優勝していることは、トップスケーターであり続けたことを示している。その中で引退を選んだのもまた、全力を尽くす日々を続けてきて、「やりきった」からにほかならない。

 宇野は、ここまで成績を残すに至った理由について「僕はほんとうに周りの方々に、出会う人たちに恵まれたなって思っています」と答えている。「恵まれた」というのはたしかにそうだろう。サポートする人々は皆、宇野に対して愛情を持ち、常に全力であったからだ。

 一方で、彼らが全力であったのは、宇野の真摯な姿勢に惹かれたからであったこと、そして宇野が彼らに敬意を払い、大切に思い続けてきたからこそであるのもまた、共通していた。「恵まれた」と感じる人々を周囲に引き寄せたのは、宇野本人にほかならない。

「これは宇野ならではの言葉だ…」涙は一切なかった

 宇野は思い出に残る光景をこう語っている、

「やっぱり世界選手権で初めて優勝した後のステファンが喜ぶ姿というのは、すごく自分にとって記憶に残る、鮮明に記憶に残る思い出かな、と思います」

 周囲を喜ばせたいといつも思い続けてきた宇野ならではの言葉であったし、宇野昌磨というスケーターの、人間の、一面を示していた。

 競技生活にピリオドを打ち、新たに取り組むことを探していくビジョンを伝える宇野は、スケーターとして目指していく先も示した。

「自分が全力を出したい、そして日々楽しいって思えるプログラムを作って、自分の感情が前のめりに出てくるようなプログラムを皆さんにまずはお披露目できたらなと思っていますし、そういった先に、これやらなきゃ、ではなく、やりたいという気持ちから表れる素晴らしいプログラムが今後つくれるんじゃないかなってわくわくしています」

「やりきった」と言い切れるまでに長年にわたって全力を尽くしてきた人ならではの決断、そして明確な言葉にあふれた会見には、一切、涙はなかった。

 訪れた数多くのメディア、関係者を含め、そこにあったのはどこまでも和やかであたたかな空気と、笑顔だった。

(撮影=杉山拓也)

文=松原孝臣

photograph by Takuya Sugiyama