シカゴ・カブスの今永昇太がMLB全体でもトップレベルの快投を続け、ロサンゼルス・ドジャースの山本由伸がデビュー2戦目から安定した投球を披露している。日本から来たルーキーたちがアメリカで快進撃を見せれば見せるほど、新たに注目を寄せられるのはNPBでプレーする日本人投手たちだ。

佐々木朗希だけじゃない日本投手の注目株

 次に出てくるのは誰か――。

 もちろん、最注目は2023年オフにポスティングシステムでの移籍を求めた佐々木朗希(ロッテ)だ。

「健康なら、佐々木朗希がメジャーで活躍できることはすでにわかっています」と、あるMLB球団のスカウトが言うように、“令和の怪物”こと佐々木はすでに別次元にいる。160km超のストレート、落差の大きなフォーク、鋭いスライダーを誇り、2023年のワールド・ベースボール・クラシックでも自身の実力を知らしめた。

 一方で、MLBのスカウトたちは別の視点も持って視察を重ねている。

「レベルの高い日本人投手は他にもたくさんいる。ただ、メジャーで通用するかどうかは、見極めが必要になります」

 そうした観点を持ち、各球団の担当者が足繁く通う場所が埼玉県所沢市のベルーナドームだ。

3本柱のメジャー志向

 27歳の髙橋光成、26歳の今井達也、24歳の平良海馬。三者三様の特徴を持つ右腕投手たちはいずれもMLBへの移籍を希望している。彼らが所属する西武はその意思を受け止め、近年のドラフト会議では隅田知一郎(2021年)、武内夏暉(2023年)というその年に最高の評価を受ける即戦力投手を獲得してきた。

 髙橋、今井、平良はいずれも海外FA権の取得にはまだ年数を要し、早く移籍するにはポスティングシステムでの入札を経てになる。西武にとって譲渡金は魅力的な一方、戦力的に考えれば3人を同時期に放出することは考えにくい。切磋琢磨して成長してきた彼らは、仲間内の競争にもさらされているわけだ。

髙橋への評価

 周囲から「エース」と見られるのは、過去3年続けて二桁勝利をマークした髙橋。その成長について、あるMLB球団のスカウトはこう評す。

「スライダーの使い方が良くなりました。フォークでも三振をとれるのはメジャーに来たときに魅力。フォーシームの球速がもう少し出てくるといいですね」

 髙橋のストレートは平均球速150.3km(2023年の数値。『2024プロ野球オール写真選手名鑑』より)で、MLBでは平均程度だ。髙橋は肉体強化と投球動作における並進運動の改善で2022年からストレートの球速を約4km速めており、190cm、105kgの体格を考えればもっと速くできるだろう。

平良への評価

 次に、昨季先発転向した平良はどうか。

「まずは右肘の状態次第です。MRIを撮ればわかりますが、その結果が出るまでは何とも言えません。頭のいい投手なのでメジャーでも適応できると思うけど、重要なのは健康状態ですから……」(前述のスカウト)

 平良は5月9日、右前腕の張りで登録抹消された。前腕は肘から手首にかけての箇所で、投手にとって生命線とも言える。メジャー移籍云々はさておき、まずは大事ではないことを願うばかりだ。

 公称173cm、93kg(101kgまで増えたという報道も)の平良はとにかく球速を追い求めてきた。プロの投手として低身長だが、高校時代からウエイトトレーニングを重ねて筋骨隆々の肉体をつくり上げ、NPBでトップレベルのスピードボールを投げられるようになった。

先発になって球速が低くなった理由

 2019年オフから西武の首脳陣に先発転向を直訴してきたのも、週1回の登板になればシーズン中も肉体強化を行いやすいことが一因だった。昨季の配置転換を経てそうした成果も表れている一方、失われたのが球速だ。中継ぎ時代に最速160kmを計測したが、先発2年目の今季は150km台前半にとどまっている。5月1日の試合前、平良はその理由を説明した。

「先発として長い回を投げるので、無意識下でたぶん勝手にセーブしているところもあります。メカニクス(目に見えない体重移動などの動作)的にも中継ぎのときから勝手に変わったところもあるので。中継ぎのパフォーマンス(メカニクス)で長く投げたほうがいいのは間違いないので、そこを目指してやっています」

 平良には独自の持ち味もある。近年注目されるVAA(Vertical Approach Angle、投球のベース上での通過角度)という指標だ。VAAが0度に近いと三振を奪いやすく、身長の低い投手が三振を取れる傾向にあると言われる。平良はこの点も意識するほど野球の研究に貪欲だ。中継ぎだった頃と同様の投球メカニクスで先発でも投げられるようになり、同時に右前腕の状態が万全になれば、高い評価でのメジャー挑戦も可能性として膨らむだろう。

山本も千賀もクリアした「防御率1点台」

 メジャーでの活躍を占う上でも、某MLB球団のスカウトは高いハードルを設定している。

「メジャーに移籍したい日本人投手は、NPBで防御率1点台を見せてほしい。山本由伸も千賀滉大もクリアしていますから」

 防御率1点台を山本は2021年から3年連続で達成してドジャースへ、千賀は2022年に記録してニューヨーク・メッツと大型契約を結んだ。近年、極端な“投高打低”の傾向にあるNPBだが、防御率1点台という支配的な投球ができれば、打者のレベルが格段に上がるMLBでもやって行ける可能性は高いだろう。

シュート回転が悪いと思ってない

 現在、メジャーに最も近い位置にいるのが今井だ。まだ今季7試合を終えた段階だが、防御率1.47はリーグ2位の成績だ(5月15日時点。髙橋光成は5試合で防御率3.30、平良海馬は5試合で1.42。ともに規定投球回数未満)。

「佐々木朗希を除けば今、NPBで最も質の高い球を投げているのが今井です。ストレートは強いし、スライダーも空振りをとれる。メジャーに移籍することを考えたら、もう少しストライク率が高まってくるといいですけどね。でも、全体的には確実に良くなっています」(前述のMLB球団スカウト)

 今井のストレートは昨季時点で平均球速150.4kmだったが、ギアを上げれば試合終盤でも150km台中盤から後半を計測する。特徴は腕を振る角度が低く「tail」(しっぽ)と言われる軌道を描くことだ。日本では「シュート回転している」と批判される場合もあるが、アメリカでは打ちにくい軌道とされる。

 もちろん、今井は自身の特徴を熟知している。

「真っすぐは上から角度をつけるボールではなく、低めから浮き上がってくるボールを常にイメージしています。シュート回転するボールが悪いとは、一回も思ったことがないですね。とにかく強いボールで、誰が見ても速いと思う真っすぐを投げることがまずは大事だと思っています。そういう軌道の真っすぐをイメージした中で、他の変化球と組み合わせるという感じですね」

期待され続けた甲子園優勝ドラ1投手

 作新学院時代に2016年夏の甲子園で優勝投手になった今井は高卒2年目から先発で起用され、複数の西武OBから「ポテンシャルは髙橋光成より上」と評価されてきた。それほど高い出力を武器とする一方、投球メカニクスが固まらずに自身の出力を制御できていなかった。

 それがついに首脳陣の期待に応えたのは入団7年目の昨季。自身初の二桁勝利となる10勝を飾った。

 飛躍のきっかけは同年春季キャンプ前、千賀や菅野智之(巨人)も師事した鴻江寿治トレーナーから自分に合った身体の使い方を学んだことだった。

「去年の自主トレからやってきて、教えてもらっている部分が自分の体にどんどん合わせられるようになっています。試合の中でも、もっとこうしたほうがいいんじゃないかなとメカニクスを修正できているので」

課題への修正能力

 そう話した5月12日の楽天戦では今季開幕直後の圧倒感が影を潜めた反面、今井の成長が感じられる内容だった。試合序盤に配球の中心となっていたスライダーを狙われると、途中からチェンジアップとフォークを増やしたのだ。

「最近チェンジアップはあまり投げていなくて、真っすぐとスライダーだけで組み立ててきました。チェンジアップを投げなくなったがゆえに制球が安定しなかったというか。そこはまた新しく課題ができました。スコアラーさんとも話して、本来の自分のスタイルは真っすぐ、スライダー、シンカー系のボール(チェンジアップ)の三つがあって力強く投げられるんだって今日の試合で改めて実感できたので、そこは良かったと思います」

「今井は明らかに言動が変わった」

 うまくいかなかったときこそ、課題を伸びしろと捉えて前を向く。筆者はサッカー元日本代表の中村俊輔(現横浜FCコーチ)をセルティック時代に4年間密着取材したが、彼の優れた資質はそうした心持ちだった。現在の今井にも通じる点が感じられる。

「今井は明らかに言動が変わりました。自分がチームの中心という自覚を持っています」

 そう話したのは、西武の球団幹部だ。最もわかりやすいのが4月末、チームが最下位に低迷する中で「雰囲気を変えたい」と自慢の長髪を切り落としたことだ。精神論かもしれないが、なんとか苦境を打破したいという気概は周囲にわかりやすいメッセージとして伝わるだろう。

3本柱のハイレベルな切磋琢磨

 現状、スカウトの評価を聞いても、西武からメジャー移籍を目指す3人の中でリードしているのは今井だ。同学年の山本由伸にも決して引けを取らないポテンシャルを感じさせられる。

 その姿を見て、髙橋と平良は刺激を受けているはずだ。周りの投手陣や首脳陣が尊敬の眼差しを向けるほど向上心の高い3人は、切磋琢磨しながら腕を磨いてきた。

 まだ始まったばかりの2024年シーズンを終えたとき、最も高い評価を得ているのは誰か。ともに最高峰の舞台を目指すなか、好影響を与え合って高く羽ばたいてほしい。

文=中島大輔

photograph by JIJI PRESS