水原一平被告の違法賭博に端を発した巨額銀行詐欺事件。韓国での開幕第2戦前に米メディアの報道で問題が明るみになってから、2カ月が経とうとしている。

 大谷翔平の周辺で初めて起きた大スキャンダルだったが、その喧騒の中で、スーパースターは圧倒的な輝きを放っている。

術後初のキャッチボールに込めた“リハビリ以上の何か”

 安堵が滲んだ4月3日の「ドジャース第1号」から解き放たれたように、本来の打棒が戻った。記念の1号が出た試合後の会見で口にした言葉は、大谷の強い意思と、野球への熱い気持ちを含んでいた。

「メンタルを言い訳にしたくはない。やっぱり、そこも含めて技術。自分がここまで結果が出ていないのは実力」

 水原問題に屈しないという決意――それは、大谷がドジャースの会見室で、首脳陣や一部選手、メディアの前で約12分の声明を出した3月25日の動きからも分かった。

「彼が僕の口座からお金を盗んで、みんなに嘘をついた」

 そう口にした約30分後、大谷はグラウンドに出て、昨年に右肘を手術して以来、初めてキャッチボールを開始した。距離は15メートル。初めてなのに、球が強くて驚いた。それはチーム関係者も同じだったという。ケガの再発を恐れたチームは、大谷にもう少し緩やかなペースにするように促したと聞く。その後のキャッチボールから距離は修正され、10メートルになった。

 だが、あの日だけは、大谷にとって、リハビリ以上の何かがあったのだろう。

記者の予感「大谷翔平はこういう時こそ、活躍する」

 4月12日、水原被告が司法当局に訴追され、初めて裁判所に出廷した日。

 大谷はパドレス戦に臨み、第1打席で松井秀喜さんに並ぶ日本勢最多のメジャー通算175号アーチを放っただけでなく、その後、二塁打も2本と固め打ちした。

 5月14日、水原被告が罪状認否のために出廷した日も大活躍した。

 ジャイアンツのオラクルパークで、右中間へ特大の136メートル豪快弾。バリー・ボンズがたびたび見せた、右翼後方にあるサンフランシスコ湾への「スプラッシュヒット」にはわずかに届かなかったが、デーブ・ロバーツ監督が「バリーの領域だ」と惚れ惚れしたアーチをかけた。この日も3安打の固め打ちだった。

 偶然かもしれない。ただ、大谷はこういう時こそ、活躍する。なんとなく試合前からあった予感は的中した。

 14日の試合後、大谷はこう語った。

「最初の方は色々あったので、睡眠が足りない日が続いていたが、最近は時間にもだいぶ余裕が出ている。いい睡眠を取って、1日1日大事にプレーができている」

 司法当局やリーグへの事情聴取で、野球になかなか集中できない日々が続いた。だが、一段落した今だからこそ、胸の内を明かしたのだろう。

「みんな、翔平にウェルカムな雰囲気を作りたい」

 水原被告がいなくなって、大谷が変わったという声は多く耳にする。

 ロバーツ監督も「緩衝材がなくなって、コミュニケーションが取りやすくなった。翔平も積極的に話すようになった」と語る。ある選手も「連絡を取るのは常に一平だった。やりにくかったが、今は話しやすい」と明かす。

 クラブハウスでの大谷の行動を見ても、トレーナーやスタッフと会話をしながら練習の予定を立て、選手とは試合のことを話し合っている様子だ。2人の閉鎖的な空間がなくなり、大谷を取り巻く環境はオープンになった。

 サンディエゴ遠征の5月12日、大谷は腰の張りを訴えて休養を取った。ロッカーで座ってソックスを履いていると、チームリーダーの一人、ミゲル・ロハスが近づいてきた。「翔平、大丈夫か?」と聞き、大谷も頷いてグータッチをした。

 ロハスは「翔平がクラブハウスで心地よくなってほしい。みんな、翔平にウェルカムな雰囲気を作りたい」と語る。

 こういったサポートに、大谷は助けられたと語る。長年、信頼してきた相棒に裏切られた喪失感より、感謝の気持ちが強いという。

「(親友を)失った以上に、チームメート、チームもそうだが、支えてもらっている人たちがたくさんいる。むしろそっちの方がありがたいと感じる面が多い」

 フィクションでも思いつかないような激動の2カ月だった。

 だが、稀代のスターにはそれを乗り越える力があった。そして、彼を支える仲間たちがいた。

文=阿部太郎

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