2023-24シーズンの欧州サッカーで最大の驚きを残したのは、ドイツのレバークーゼンだった。これまで常勝のメガクラブというわけではなかったが、なぜブンデスリーガや国内カップ戦、ヨーロッパリーグ(EL)で「51戦連続無敗」という偉業を成し遂げたのか。様々な角度から掘り下げる。(全3回)

 レバークーゼンは今シーズンのヨーロッパサッカーの中心にいた。だから、EL(ヨーロッパリーグ)決勝での敗退が大きなニュースとなった。

 ヨーロッパ主要リーグで最長の11連覇中だったバイエルンに圧倒的な差をつけ、5試合を残してブンデスリーガ初優勝を飾ったレバークーゼン。21世紀に入ってからはアーセナルとユベントスしか成し遂げていないリーグ無敗優勝を達成して、ベンフィカの持っていた公式戦無敗記録を打ち破り、その数を51まで伸ばした。ヨーロッパの歴史の中でも類を見ない強さを誇る。

シャビ・アロンソが見せた新たなマネージメント

 42歳のシャビ・アロンソ監督が率いるチームは、欧州5大リーグでもトップクラスのデータを残している。

 失点期待値=30.2失点(最少)
 90分平均失点数=3位 0.65(3位)
 90分あたりのパス数=613.5回(2位)
 90分あたりのファイナルサードへのパス数=64.7回(首位)
 パスレート(ボール保持時の1分あたりのパス数)=17.5回(首位)
 90分あたりのスマートパス(相手のDFラインを破るパス)=6.3回

 光るのは攻撃力よりも、守備力。攻撃ではボールを持ち続けることよりも、相手にとって厄介なエリアにボールを入れ続けることをモットーとしている。

 ただ、レバークーゼンの優勝の陰にあったのは、これまで語られがちなアロンソ監督の戦術面でのアプローチだけではない。今回はピッチ外の話を中心に、彼らの強さの秘密を解剖していこう。

 この項で紹介するのは、監督による新時代のマネージメント・スタイルだ。

 監督がクラブのマネージメントに携わると聞いて、多くの人にとってイメージしやすいのはイングランド式の全権監督だろう。チームの戦術面や選手起用だけではなく、どの選手を獲得するかなとの選手編成にまでおよぶというものだ。全盛期のマンチェスター・ユナイテッドの指揮官ファーガソンはその代表例だった。

 一方で現代は、ドイツ式の分権スタイルが主流かもしれない。監督は戦術面の発展や選手起用によってチームを強くすることに専念し、選手編成やクラブのビジョン作りなどはGMやSD(スポーツディレクター)が担当するという形だ。かつては全権監督型が主流だったイングランドでも、この形式は進んでいる。戦術面やスケジュール面など、監督に求められる仕事が以前よりも増えていることもまた、その流れを加速させた。

みんなで成長して、優勝を目指すスタイル

 それらに対して、アロンソがとったのは言わば、第3の道。かつてのイングランドで主流だった全権監督でも、選手編成への関与が少ない分権型でもない。

 彼が築き上げたのは、ジョイント・ベンチャー(JV)型だ。

 JVは複数の企業が強みを持ち寄って、共同事業を行なうというビジネス用語だ。この用語が何故ふさわしいかといえば、アロンソはジモン・ロルフェスGMと二人三脚で、クラブのビジョン作りや選手編成にも大きく関与することで、最強のドイツ王者を作り上げたから。

 アロンソ監督とロルフェスGMは、レバークーゼンというクラブにとっての「成長」の意味を変えた。従来のレバークーゼンは選手が成長して、優勝やCLを毎年争えるような国内外のビッグクラブへと羽ばたくための、いわば登竜門的なクラブだった。

 バラック、ゼ・ロベルト、ルシオ、ベルバトフ、ビダル、ソン・フンミン、ハバーツ……。レバークーゼンから羽ばたいた後に、名前を売ったり、タイトルを獲ったりした選手は山のようにいる。

 しかし、昨シーズン10月にアロンソが就任してから、その方針は「みんなで成長して、優勝を目指す」に変わった。

「成長のためのクラブ」のイメージを取り除こう

 アロンソとロルフェスGMは相談した上で、あえて「経験のある選手を獲得する」方針を立てた。この新戦略について『スポーツビルト』誌がこのように説明している。

「クラブはタイトルを争い続けて、『成長のための(通過点としての)クラブ』というイメージを取り除こうとしている。若い選手に特化するのではなく、経験のある選手、責任のある選手を連れてくることにしたのだ」

 レバークーゼンは過去10年以上も「30歳未満の選手しか獲得しない」というルールを設けていた。それまでの10年で唯一の例外、2013年に32歳のスパヒッチを40万ユーロで獲得したときだけだ。

 だが、2023年2月にその方針をとりやめた。その意味を、昨夏に31歳になるタイミングで加入したホフマン(当時ドイツ代表)はこう語っていた。

「チームを引き上げるために責任を持つことが僕らのようなベテランの役割だ。経験のある選手がチームに加わることで、若い選手たちのクオリティを引き上げられる」

 若手の成長を促すために本当に必要なことは、彼らに出場機会を保証することではない。お手本となるような存在をロッカールームに置くことだと、アロンソたちは考えた。それまでは、のびのびとプレーさせられる環境があった一方で、規律面では緩んでいるというのをわかっていたからだ。

「ロッカールームの保安官」に与えられた3つのタスク

 実際、トップチームのディレクターとして、それまでクラブの育成部門長だったアイヒンを起用した。

 彼に与えられたのは「ロッカールームの保安官」という役割。彼は遅刻の罰金などの選定といったルールを制定した上で、以下3つをチームに植え付ける仕事を託された。

 ・規律
 ・成功への飢え
 ・プロ意識

 ホフマンがもたらしたのは野心——タイトルへの飢えだった。

 彼はドルトムントなどでプレーした経験はあるものの、リーグやDFBポカールのような主要タイトルは獲得していなかった。だから、開幕前から彼はこう話していた。

「サッカー選手として、僕はいつも目標を掲げてやっている。その最初にあるのがブンデスリーガのタイトルであり、2つ目はDFBポカール、そしてその先に来シーズンのCLがある。まずは少なくとも1つのタイトルを取りたい。それがこのチームに求められているものだ。

ベテランのジャカがもたらした「厳しさ」

 リーグを見ても、ここ数年はバイエルン、ドルトムント、ライプツィヒが抜きん出ていたよね。レバークーゼンはその下のレベルにあった。ただ、欠けているのはほんの少しの違いだと思う。だから、タイトルを取りたいんだ」

 同様に、昨夏にベテランとして30歳で加入したジャカ(スイス代表)。彼がもたらしたのは、「厳しさ」だった。

「監督から求められている役割が僕にはある。それは、自分の経験をもとにチームを引っ張っていくことだ」

 加入時にそう語っていたジャカはシーズン前から、背中でも語ってきた。

 例えばプレシーズン、各選手は代表活動や移籍が決まったタイミングを考慮されて、クラブから合流日を指定される。ジャカも例外ではなかった。しかし、彼はクラブから指定された日より4日も早く、チームに合流。チームメイトたちを驚かせた。

 シーズンが始まってからも、その姿勢は変わらない。攻守のキーマンとなっているのはもちろん、走行ランキング、ボールタッチ数でもリーグ全体で1位に立っている。チームのために働き続けて、プロ意識とは何かを背中で見せてきた。

アロンソの感謝と《5つのカギ》

 ロルフェスGMは言う。

「若い選手たちはやはり、プロ意識やチームへの貢献というところで足りない部分がある。だから、ベテラン選手は、プロ意識、野心、意志、コンディショニングなどの面でお手本になるのだ」

 こうした成果はロルフェスGMだけ、アロンソ監督だけで決めたものではない。

 2人が一緒になって作り上げた、新しいフィロソフィーだ。

 監督とGMがJVのようにタッグを組むことで、彼はヨーロッパサッカー界に新たな歴史の1ページを刻んだのである。

 そんなアロンソだからこそ、優勝を決めた――Xの公式アカウントでロルフェスとともにファンが歓喜する様子を眺めている写真が投稿された――あとにこう話した。

「今回の優勝は私の前任者のみなさんのおかげだ。ダウム、トップメラー(CL、ブンデスリーガ、DFBポカールの全てで2位に終わったシーズンの監督)、シュミットやそのほかのみなさんのね。私は、そんなレバークーゼンの歴史の一部になれたことを誇りに思うんだ」

 そんなアロンソはかつて、スペイン代表やレアル・マドリー、リバプール、バイエルンでプレーメーカーとしてピッチに君臨した。では彼は優勝に届かないチームを、どう具体的に変えたのか。そこには《5つのカギ》があった。<つづく>

文=ミムラユウスケ

photograph by Taisei Iwamoto