シュロの雄花 撮影・小松常光

 インド北部からミャンマー、中国中部を経て日本の九州南部に至る地域が自然分布域であるとも言われるが、日本のものは古くに中国大陸から持ち込まれたものであるという説もある。日本や中国では古くから利用されていた植物であり、元来の自然分布域ははっきりとはしていないようだ。

 シュロの代表的な利用法としては、樹皮(シュロ皮)の繊維層を用いた縄(シュロ縄)が挙げられる。シュロの繊維は腐りにくい上、非常に丈夫で切れにくいため、日常での荷造りなどの用途に加えて、農業や漁業において強度が必要な場面で重宝されていたそうだ。縄以外にも、敷物やタワシ、箒(ほうき)などにも利用される。

 ヤシの仲間の中ではもっとも耐寒性が強く、東北地方でも野外で生育可能である。筆者の郷里(島根)でも、隣家の畑の脇に1本のシュロが生えており、幼少期に近所の方から、あれはヤシではなくシュロである、と教わった記憶がある。

 シュロには雄株と雌株があり、この時期に花を咲かせる。雄株は写真のように、垂れ下がった花枝に多数の小さな黄色い花を付ける。送粉者は詳しく調べられていないようであるが、昆虫により花粉媒介されるものと考えられている。

 地球温暖化の影響もあるのかもしれないが、関東地方などでは、植栽環境から逸脱して野生化した個体が増えてきている。ヒヨドリなどが食べて散布した種子により周辺に広がっていると考えられている。一方で、かつてシュロが盛んに利用されていた沖縄では、需要の衰退に伴って、現在ではほとんど見られなくなっているそうだ。

 シュロは置かれた場所で子孫を残す営みを繰り返しているだけであろうが、その盛衰は、ヒトの都合に多分に影響されていると言わざるをえないだろう。(佐賀大農学部教授)