「おまえ、モデルになったほうがいいんじゃない?」

 広島カープを2年でクビになった右腕投手を初めて見た時、シーズンオフにアメリカを転戦して各国球団との契約を目指すトラベリングチーム「アジアンブリーズ」の色川冬馬CEOは冗談めかした。

「みんなにそう言われます」

 当時20歳の中村来生(らいせい)は笑顔で返した。190センチ、71キロの長身痩躯で、手足が長くて小顔。先入観を持たずに見れば、プロ野球選手というよりモデル向きだろう。言い換えれば、プロ野球選手としてまだまだ成長の余地を残している。


アジアンブリーズのアレックス・ラミレスGM(写真右)とポーズを決める中村来生 photo by Nakajima Daisuke

【わずか2年で広島を戦力外に】

 2021年育成ドラフト3位で高岡第一高校(富山)から広島に入団した中村だが、昨年オフわずか2年で戦力外通告を受けた。それから7カ月後の5月19日、メジャーリーグのマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。

 なぜ、広島を2年でクビになった右腕投手が、MLB球団との契約を勝ちとれたのだろうか。

「見ているところが違うからだと思います」

 色川CEOはそう話した。同氏は北米の独立リーグでプレーし、イラン代表や香港代表などで監督を務めたあと、2020年秋からBCリーグの茨城アストロプラネッツでGMを務めている。

 色川CEOは日本球界の王道を歩んだわけではないからこそ、逆に世界のあらゆるところにチャンスは転がっていると知った。そうして立ち上げたのがアジアンブリーズで、無名の日本人選手たちに世界へ羽ばたいてほしいと願っている。

「マーリンズ入団に至るうえで、来生を将来的にどうやってメジャーリーガーかNPBの一軍で投げられる選手にしようかと考えました。日本やアメリカの独立リーグで投げられる力はあるけど、そんなにプレッシャーに強いわけではないので、それらの球団に入れても日本の二軍でやっていた時と大して変わらないのではと......」

 日米の独立リーグでプレーする選手たちはMLBやNPBの球団との契約を目指しているが、とくにアメリカは結果を出さなければ即クビになることも珍しくない。色川CEOはそうした環境に中村を送るより、もう少し長いスパンで育成してくれる球団のほうが合っているのではと考えた。

「だったらメジャーリーグ30球団しかない、というのが僕の考えでした。アジアンブリーズではそれなりにいいピッチングをしてくれていたし、成績と動画も残っているので売り込みにいける球団に全部当たろうと」

 中村は2024年春、アジアンブリーズに参加して6試合で6回無失点、4奪三振と好投した。色川GMが続ける。

「来生は今、90マイル(=約145キロ)しか出ないけど、(1分間換算で)2400回転と質の高いストレートを投げます。身長190センチでピッチングフォームはスムーズだし、真っすぐでカウントをとれる。フォークで空振りをとれるレベルまでいけば、メジャーに昇格する可能性は大いにある。3〜5年かかるかもしれないけど、交渉当時まだ20歳だったので、メジャーの球団には『来生を君たちの育成プログラムに入れてくれ』と話しました」

 そうして興味を示し、契約に至ったのがマーリンズだ。

【2カ月のトレーニングで明らかな変化】

 広島を戦力外となってからマーリンズと契約するまでに、明らかに変わったことがある。それは中村の体つきである。

 アメリカで野球をしたいとアジアンブリーズへの参加を決めると、2024年の渡米までの間、色川氏がGMを務める茨城アストロプラネッツの施設でトレーニングに励んだ。廃校を活用した同球団の施設には豊富な器具が揃うことに加え、昨季までフィールドコーディネーターを務めた松坂賢氏(今季からアメリカ独立リーグ球団のコーチに)を中心に、アメリカ式のウエイトトレーニングで強化するノウハウがある。

「カープでやっていたウエイトよりきつかったです」

 2カ月間、朝7時に始まる週5日のトレーニングを中村は振り返った。

「カープでは決まった重量で回数をやることが多かったけど、アストロプラネッツでトレーニングをさせてもらった時は、重い重量を扱うトレーニングが多くて力がつきました。重量が上がっていくたびに自分の成長を感じられ、すごくいい期間だったと思います」

 広島時代に190センチ、71キロだった中村には筋量を増やす余地があると、アジアンブリーズ首脳陣は判断した。オフシーズンでもあり、パフォーマンスアップと故障予防を目的に筋肥大を目指した。週5日で計5種目、1日1部位を約20セット実施した結果、2カ月で筋肉量が2キロ以上アップし、体重は78キロに。体を一回り大きくしてアメリカに渡り、アジアンブリーズで快投を見せた。

「来生は体重を10キロくらい増やせば、球速155キロぐらい投げられると思う」

 元DeNAの監督でアジアンブリーズのアレックス・ラミレスGMがそう話すように、マーリンズも伸びしろを感じている。色川CEOが代弁する。

「マーリンズのアシスタントGMを務めるオズ・オカンポは、インターナショナルFAの選手と契約して、これまで20人くらいメジャーに昇格させています。そういう意味で来生の未来を考えたとき、共通認識を持てました」

 オカンポGM補佐はヒューストン・アストロズ時代、オールスターに2度選出されたフランバー・バルデスや2022年に13勝を挙げたホセ・ウルキディ、過去2年続けて2ケタ勝利のクリスチャン・ハビエル、2022年に15勝したルイス・ガルシアらを発掘。彼らは今もアストロズに所属している。

 では、無名投手のポテンシャルをどう見極めているのだろうか。

「腕の振りの強さ、体(フレーム)の大きさ、球種の多さなどから、成長していくのではという原石を探している」

 オカンポGM補佐の挙げた要素は、中村の才能として語ったものと同じだ。

「最初に来生に目を留めたのは190センチの身長と長い手足、すばらしいストレートを持っていること。そして運動神経。体の大きさ、手足の長さを生かしてマウンドから投げ下ろす姿を見て、本当に身体能力が高いと思った。さらに、腕の振りの速さ。真っすぐの球速が伸びやすいと見てとれる。最後に真っすぐ、カーブ、スライダー、フォークという球種の多さだ」

 マーリンズはエウリー・ペレスやエドワード・カブレラなど好投手を台頭させてきた。中村はラティーノの彼らと同様に、ドミニカ共和国のルーキーリーグ(8軍相当)からスタートする。

「ウチの球団はピッチングだけでなく、バイオメカニクス、食事、栄養、メンタルなどすべてのことを理解して、野球だけでなく人生の成長につなげていくことを目的としている」

 オカンポGM補佐がそう話すように、常夏のドミニカにあるアカデミーには10代後半で契約したラティーノがおもに在籍し、野球やトレーニングに加え、英語やアメリカ文化の授業も行なわれる。

【才能発掘に重要なのはタレント性】

 筆者は2013年にパドレスとガーディアンズの現地アカデミーを訪れたが、どの球団も広大な施設で練習やトレーニングを効率よく行ない、ラティーノの好物である肉と豆を中心とした食事が提供される。日本でたとえるなら、春季キャンプを常に行なっているような環境だ。

 ドミニカのサマーリーグは2カ月半で72試合が行なわれ、その後、中村はドミニカの教育リーグに派遣される予定だ。

 21歳の中村は"オールドルーキー"の位置づけだが、オカンポGM補佐はそうした色眼鏡では見ていない。だからこそ、これまで数々のタレントを発掘できたのかもしれない。

「才能を発掘するうえで重要視しているのは、年齢ではなくタレント性の豊かさだ。ロネル・ブランコ(アストロズ)は22歳で契約し、今はメジャーで活躍している。そういう選手にもチャンスがあるので、年齢ではなく、タレント、スキルの豊かさが重要だと思う」

 8軍相当のドミニカ・ルーキーリーグからメジャーリーグに昇格できるのは2%程度と言われる。食事も言語も考え方も異なるラティーノに囲まれ、ある意味、中村にとってNPB時代以上に険しい道だ。

 だが、マーリンズに可能性を見出されてチャンスを得た。新しい世界で自身の可能性を高めるには、どれだけ前向きに臨めるかがカギになるだろう。

 その意味で、5月20日の会見では心強い言葉が聞かれた。

「アメリカでやる野球が新しい体験だったので、とにかく楽しかったです。野球を楽しくやるのが、うまくなるための一番近道だとあらためてアメリカで思ったので、日本でやるよりアメリカでやってみたい気持ちが今は一番強いです」

 日本で育成選手としてひと区切りをつけ、アジアンブリーズで野球の原点に立ち返った。さらに異なる環境のドミニカに渡り、自身の可能性をどう膨らませていくのだろうか。

 まだ無名投手の中村来生は、大きな夢を追って新たな一歩を踏み出す。

著者:中島大輔●文 text by Nakajima Daisuke