アイオワ州の州都デモインから、パイレーツの本拠地ピッツバーグへの飛行機は、悪天候の影響により遅延したという。

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 傘下のマイナー3Aで2試合に調整出場し、5月10日金曜日のパイレーツ戦からメジャーに復帰するというのが、4月14日に右脇腹を傷めて故障者リスト(IL)入りしていた鈴木誠也と、彼が所属するカブスのプランだった。

 9日の夜遅く、ピッツバーグ入りした鈴木は試合前、「思ったより早かったんで良かったと思います」と言った。

 膝を傷めていたダンズビー・スワンソン遊撃手が新たにIL入りした代わりに出場選手登録はされたものの、マイナーでの連続出場の疲労を考慮され、10日はチームに合流しただけで、試合には出場しなかった。

「怪我っていうのは気持ちいいものではないですし、なかなかつらい日々でしたけど、しっかりリハビリもできて、いい状態で戻ってこれたので良かったなと思う」

 ボリューム低めの朴訥とした口調は、いつもの鈴木誠也である。

「ドクターにもあまり前例がないと言われたけど、走って(脇腹痛に)なるっていうのは自分でも予想外だったので、走り方だったりとか、いろんなところを気をつけながらリハビリに取り組んでこれた。そこは新たな発見で、勉強になりました」

「(具体的に)なんでなったのかは正直、分かってないんですけど、いろんな自分の体調のズレとかもあったと思うんで、私生活からもう一回見直して行けたらなと思います」

 そこで米メディアが、質問の矛先をコロッと変える。

――ところで、あなたが出場するであろう明日の相手の先発投手のことは知ってる?

「少し映像は見ました」

――で、どう思った?

「どう思うって(笑)……凄いでしょ。凄いのは凄いんで、ああいうボールを打席の中で見て、僕自身も成長できる部分でもあリますし、すごく楽しみです」 鈴木だけではなく、他の選手達やクレイグ・カウンセル監督、トミー・ホットビー投手コーチに至るまで、米メディアがカブスに問うた「相手の先発」とは、2023年のドラフトで全体1位されたポール・スキーンズのことである。

 カリフォルニア州出身の21歳は、約198.1cm、体重約106.6kgの大型投手で、高校卒業後は空軍士官学校で2年間プレーし、名門ルイジアナ州立大学へ転校した。23年にはカレッジ・ワールドシリーズ優勝に貢献し、最優秀選手賞を受賞した超有望株である。

 少年時代には大谷翔平のプレーを見たこともあるとかで、大学時代は「投打二刀流」、いや、捕手や一塁手もやった「投打+守備の三刀流」の選手だった。事実、大学では投手として通算24勝6敗、防御率2.18と圧倒的な数字を残しながら、打者としても通算119試合に出場して、24本塁打81打点、通算打率.367、出塁率.453、長打率.669(OPS1.121!)という好成績が残っている。

 だから当然、ベースボール・メディアの中心地である東海岸=ニューヨークやボストン、フィラデルフィアのスポーツ専門テレビ局やラジオ局、あるいはそれらの局が所有するSNSでは、朝から「スキーンズのメジャー初昇格とデビュー戦決定」のニュースが喧伝された。

 MLBネットワークのニュース番組では、東時間の0時を過ぎると同時に解説者たちがグラスで乾杯するシーンを映し出し、「Happy Birthday」ならぬ、「Happy Paul Skenes Day!」と祝う大騒ぎで、そんな調子だから、普段はカブスをカバーしているシカゴのメディアにも、「スキーンズ・フィーバー」はしっかり伝播し、前出のような鈴木とのやり取りが行われたのだ。

 迎えた11日、朝から降り続いていた雨が止んだ午後4時、スキーンズがマウンドに上がる。投球練習を始めただけで、「おおーっ!」。カブスの1番マイク・トークマンが打席に立ち、初球、時速101マイルの速球がボールになっただけで「うおーっ!」と怒号のような歓声が上がる。スキーンズはそこから、101.1マイル速球(ファウル)、87.3マイルのスライダー(ボール)、100.6マイル速球(空振り)、100.4マイル速球(ボール)と続け、最後は100.9マイルの速球で空振り三振に仕留めた。

 再び「うおーっ!」とパイレーツの本拠地PNCパークが揺れる。 2番、鈴木誠也が打席に立つ。スキーンズは初球、やや外寄りに95.9マイルのスプリットを投げた(ストライク)。見た目には「なんか今の速球、ちょっと動いたよね?」ぐらいの感じである。2球目は時速87マイルのスライダー(ストライク)。内寄りでジャイロのような変化の球だ。そして最後の一球は、少しスピードを殺した時速84.2マイルのスライダーで、精度はともかく、外角低めに決まって鈴木は空振り三振に倒れた。

 2度目の対決は3回だった。先頭打者として打席に立った鈴木の初球、スキーンズは再び、時速95マイル近いスプリットを投げた(ストライク)。2球目はスライダー。これもジャイロのような小さな変化で内寄りに決まる。そして最後は外角低めへの99.2マイルの速球だ。打者にとっては文字通り「手も足も出ない」見逃し三振である。

 試合後、鈴木はこう言っている。

「あんなに速い球を見たのは久しぶりだった」

 その言葉に少し補えることがあるとすれば、鈴木は4月14日のマリナーズ戦で患部を傷めて以来、5月6日にライブBPを行うまで、投手の生きた球を打つことがなかった。さらに7日がアイオワへの移動日で、8日、9日と2試合連続で試合に出場したものの、対戦相手の投手は最速93マイルで、それはスキーンズのスプリットよりも遅かった。

 3度目の対決は5回無死二塁という場面だった。鈴木は初球のハーフスウィングの際に脇腹を気にする仕草を見せてヒヤッとさせたものの、4球目のスプリットをなんとかファウルにし、5球目のスライダーに食らいついて遊撃への内野安打にした。打球が弱かろうがなんだろうが、ヒットはヒットである。

「(打撃の調子は)良くはないし、たまたまヒットになっただけ」とは言うものの、スキーンズの速球を見たことで目が慣れたのか、7回には左腕アルロディス・チャップマンの95マイルの速球を初速107.3マイルの打球で軽々と弾き返した。 大事なのは、スキーンズが鈴木への一球を最後に5回途中84球で6安打3失点、7奪三振2四球で降板したという事実だ。

 あろうことか、ここから試合が大きく動いた。

 鈴木の内野安打でチャンスを広げたカブスは2死後、スキーンズの後を受けてマウンドに上ったカイル・ニコラスの5連続四死球の大乱調などで一気に追いついた。

 スキーンズが投げている時には「おおーっ」とか、「うおーっ」と叫んでいた地元の観客はブーイングに転じ、2死満塁で再び鈴木に打席がまわったところで大雨が降り出すと、「やってられっかよ」とばかりに多くが球場を後にした。

 試合が再開されたのは2時間20分後。試合後、「(中断の後に)先頭打者になったってことは今までなかった」と言った鈴木と、続くベリンジャーが連続で押し出し四球を選んでカブスが2点を勝ち越した。

 ところが、だ。今年のカブスの弱点である救援投手陣がこの日も崩壊し、その裏、ヤズマニ・グランデルの3点本塁打で再逆転に成功したパイレーツが10対8で勝利を収めたのである。

 カブスのカウンセル監督は試合後、「まあ、よくある試合ではないことだけは確かだ」とため息をついたが、それは球場に詰めかけたファンにとっても、超有望株のデビュー戦を取材したメディアにとっても同じである。

 中断時間を含めれば計5時間16分もの長い、長い試合。

 地元ラジオ局によると、スキーンズを応援していた3万4千人余の観客は、試合終了時には推定数千人ほどしか残っていなかったという。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO

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