北アイルランド出身のローリー・マキロイは、2011年全米オープンを皮切りに、2012年全米プロ、2014年全英オープン、同年全米プロを制してメジャー通算4勝を挙げている。そんな彼にとって、今年のマスターズを制してキャリア・グランドスラムを達成することは、まさに悲願だった。【舩越園子/ゴルフジャーナリスト】

16度目のマスターズ挑戦

 マキロイは最後にメジャー優勝を挙げた2014年全米プロ以来、この10年間で合計36のメジャー大会に臨んだものの、メジャー5勝目はなかなか挙げられず、オーガスタ・ナショナルでは一度も勝利できないでいる。今年のマスターズは自身16度目の挑戦。キャリア・グランドスラム達成をかけて挑むのは今年が10度目だった。

 34歳という年齢は、まだ「オールド」ではないものの、若年化が著しい昨今のゴルフ界においては、決して「ヤング」ではなく、パワーの差、飛距離の差が年々開いていくことなどを考慮すると、「今年こそはマスターズで優勝したい。しなければ」と、マキロイは少々、焦燥感を覚えていた様子だった。

 だからなのだろう。マキロイは今年のマスターズ必勝策をあれこれ講じて実践してきた。

 昨年11月にはPGAツアーの選手理事を自ら辞任。「僕には1人のプレーヤーとして、やるべきコト、やりたいコトがある」と言い切っていた。

メンタル面も対策

 今年はじめには、マスターズまでの自身の試合出場数を例年より増やす計画を立て、「今年は、マスターズが僕にとっての今季9〜10試合目になるようにして、今までよりシャープな状態でオーガスタ入りしたい」と綿密なプランを練っていた。

 3月には、自身の専任コーチではないにもかかわらず、世界屈指の名インストラクター、ブッチ・ハーモンを突然訪ね、「スイングの状態を見てもらった。貴重なセカンド・オピニオンを聞くことができた」という。

 マスターズ前週のバレロ・テキサス・オープンには、強硬スケジュール覚悟であえて出場。マキロイのメンタルコーチであるボブ・ロッテラ博士いわく、「いろいろと考えすぎてしまいがちなマインドをオフ状態にするためには、前週の試合出場は効果的だ。今、ローリーに求められていることは、スイングよりマインドを強くすることだ」とメンタル面の対策の重要性を強調していた。

 そのバレロ・テキサス・オープンでは、最終日に猛チャージを披露して、今季の自己ベストとなる単独3位に食い込んだ。大会終了後は、大急ぎでマスターズの会場へ向かうのではなく、一休みした上で、火曜日の午後に、ゆっくりオーガスタ・ナショナル入りした。

 例年は参加していた水曜日の恒例のパー3コンテストには今年は参加を見送った。そうやってあらゆる喧噪を避け、時間を最大限、自分と自分のゴルフのためだけに活用し、悲願達成を目指していた。

 しかしながら、いざ蓋を開けてみれば、マキロイは振るわず、優勝争いにはまるで絡まないまま、22位タイに終わってしまった。

マスターズが終わっても笑顔

 マスターズで惜敗を喫したり、予選落ちしたりするたびに、口が利けないほど落ち込み、激怒して無言でコースを去ったりしてきたマキロイゆえ、まったく振るわなかった今年の大会後も、さぞかし落胆していることだろうと心配されていた。だが、マスターズ後のマキロイは、むしろ元気そうだった。

 例年、マスターズ直後はオフを取っていたマキロイだが、マスターズ翌週のRBCヘリテージは、今年から賞金総額2000万ドルのシグネチャーイベントに格上げされたこともあり、今年は出場を決めた。33位タイと成績はいまひとつだったが、「マスターズで勝たなければ」というプレッシャーがなくなったせいか、憑き物が落ちたように爽やかな笑顔を見せていた。

 そして、その翌週のチューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオーリンズにも出場した。マスターズ前後で4連戦とは、マキロイの通常のスケジュール上では、ある意味、「異常事態」といえる。だが、同大会はPGAツアーで唯一のチーム戦であり、昨今、リブゴルフで行われているチーム戦を「PGAツアーでも採り入れるべきだ」と提唱していること、そしてアイルランドの親友シェーン・ローリーと昨年のライダーカップ後に「来年のニューオーリンズに一緒に出よう」と約束していたこともあって、過密スケジュールながらも出場を決めたという。

理事に復帰

 開幕前、米ゴルフ界には「マキロイがPGAツアーの選手理事にカムバックする」という噂が流れた。自ら辞任した理事に、なぜ今さら復帰するのだろうかと関係者は驚かされたのだが、どうやら現在理事を務めているウェブ・シンプソンが2024年いっぱいで理事職から離れる意志を固め、後任としてマキロイを指名したと見られている。

「指名を受けて、理事に返り咲く意思はあるのですか?」と米メディアから問われたマキロイは「イエス。たぶん僕はPGAツアーのみんなの役に立てると思う」と答え、静かに微笑んでいたという。

 ちょうど、そのころころ、PGAツアーが米コンソーシアム「SSG」とパートナーシップを結んで創設した新会社「PGAツアー・エンタープライズ」が約200名のPGAツアー選手に分配する株主資本の分配金が発表された。

 最大額を得るのはタイガー・ウッズで1億ドル。マキロイは2番目に多い5000万ドルとされていた。

 残念ながらマスターズで優勝してグリーンジャケットを羽織ることはできなかったが、マキロイには別のものが次々に押し寄せている。そして、マキロイの笑顔を見る限りでは、彼自身もそんな現状を「まんざらでもない」と受け入れている様子である。

最多勝利の可能性も

 さて、そのチューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオーリンズに、親友どうしでペアを組んで出場した「マキロイ&ローリー組」は、初日から好発進し、最終日はサドンデス・プレーオフを制して勝利。これで、マキロイのPGAツアーにおける勝利数は通算25勝となった。

 通算勝利数で史上最多を誇るのは、サム・スニードとタイガー・ウッズの82勝で、以下、ジャック・ニクラスの73勝、ベン・ホーガンの64勝、アーノルド・パーマーの62勝と続き、マキロイの25勝は歴代では23位タイに相当する。

 しかし、すでに引退している選手や亡くなった選手を除外して現役選手だけで見てみると、最多勝利数はウッズの82勝、2位はフィル・ミケルソンの45勝、3位はトム・ワトソンの39勝、4位はビジェイ・シンの34勝で、マキロイの25勝は5位に位置付けられている。

 こちらの記録でマキロイがウッズに続く2位になることは、現実的に可能である。いやいや、頑張りようによっては、マキロイがウッズを追い抜いて最多勝利数を記録することも不可能ではない。

 昨今、PGAツアーとリブゴルフの対立や騒動が続いていることで、ゴルフ人気は低下したと言われており、今年のマスターズ最終日の米国におけるTV中継の視聴率は、驚くなかれ、前年比20%ダウンという惨憺たる結果だった。

 いまなお肉体が万全とは言えないウッズが48歳になり、シニア年齢にも近づきつつある今、ゴルフ界の頼みの綱は、もっぱらマキロイとなりつつある。キャリア・グランドスラムであれ、最多勝利数記録であれ、マキロイが偉業を達成して是非ともゴルフ界を盛り上げてほしい。

舩越園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1993年に渡米し、在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『才能は有限努力は無限 松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。1995年以来のタイガー・ウッズ取材の集大成となる最新刊『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)が好評発売中。

デイリー新潮編集部