市場から聞こえる嘆き節

 米連邦準備理事会(FRB)は5月1日、政策金利の指標であるフェデラルファンド金利の誘導目標を5.25〜5.5%に維持することを決定した。政策金利の据え置きは6会合連続のことだ。FRBは「ここ数ヶ月間、2%の物価目標に向けた進展がなかった」と説明している。

 米国のインフレが収まらない主な理由としては、賃金インフレや住宅コストの上昇などが挙げられている。

 米労働省が4月30日に発表した第1四半期の雇用コスト指数は前四半期に比べて1.2%上昇した。市場予想(1.0%上昇)を上回り、伸び率は1年ぶりの高水準だった。この結果から、市場では「インフレ率は今後も2%の目標を大きく上回るだろう」との嘆き節が聞こえてくる(5月1日付日本経済新聞)。

 4月に入り、雇用市場の過熱感は薄らぎつつあるが、予断を許さない状況が続いている。

住宅価格の上昇圧力が止まらない

 住宅インフレへの警戒感も強い。

 全米の住宅価格を反映するS&Pコアロジック・ケース・シラー指数は今年2月、前年に比べて6.4%上昇し、8カ月連続で過去最高を更新した。住宅ローン金利が再び7%台の水準に達するとともに、住宅の供給が慢性的に不足しており、価格の上昇圧力が止まらない。

 米ニューヨーク連銀が5月6日に公開した調査結果によれば、住宅価格や家賃がさらに上昇すると予想している消費者の間では、「住宅の購入は不可能」との認識が強まっているという。

 住宅コストの高騰による販売不振に対処するため、住宅建設企業がこぞって小型の新築住宅建設に舵を切り始めている(4月25日付日本経済新聞)。かつて「うさぎ小屋」と評された日本の住宅とは異なり、米国の住宅の広さはアメリカン・ドリームの象徴だった。だが、「今は昔」となってしまった感がある。

商業用不動産市場に大打撃か

 長引くインフレのせいでFRBの利下げのタイミングが見通せなくなっている。バイデン政権は今年11月の大統領選前の利下げに期待を寄せているが、その可能性は低くなったと言わざるを得ない。

 高金利が2026年まで続く可能性も指摘され始めている。気がかりなのは、金利の高止まりが実体経済に及ぼす悪影響だ。最も大きな打撃を被るのは商業用不動産市場だろう。

 商業用不動産の差し押さえラッシュが始まっており、その水準は過去10年で最高となっている(4月22日付ZeroHedge)。

 米調査企業MSCIによれば、3月末時点の商業用不動産に関する不良債務の総額は886億ドル(約13兆2900億円)だった。内訳はオフィス関連が380億ドル、小売関連が218億ドル、ホテル関連が141億ドルだ。

 高金利が続けば、不良債務が今後さらに拡大することは確実だ。商業用不動産向け融資に積極的だった地方銀行やノンバンクが、今年後半にかけて大量に破綻する可能性が排除できなくなっている。

 これによってリーマンショックのような金融危機が起きるリスクは小さいと思われるものの、米国経済は不調をきたすことになるだろう。

「大規模な雇用調整」は時間の問題?

 金融環境は既に悪化しつつある。

 FRBは5月6日、第1四半期に企業向けの融資基準を厳しくした銀行の割合が3四半期ぶりに拡大したことを明らかにした。

 米主要地銀の第1四半期の純利益の合計は前年に比べて62%減少しており(5月7日付日本経済新聞)、業績が悪化した地銀などが融資に慎重な姿勢に傾いている。

 そのとばっちりを受けているのが製造業だ。

 米サプライマネジメント協会(ISM)が5月1日に発表した4月の米製造業景況感指数(PMI)は前月比1.1ポイント減の49.2だった。好不況の分かれ目である50を再び下回った。仕入れ価格の上昇に加えて、高金利の長期化と金融機関の貸し渋りが、業況の悪化につながったと言われている。

 この傾向が特に顕著なのが雇用の4分の3を占める中小企業だ。名目GDPを大きく上回る借り入れコストに苦しめられており、「大規模な雇用調整は時間の問題だ」と懸念されている。

貧困層よりも厳しい生活を強いられる層

 今後の景気の先行きが危ぶまれる中、多くの米国人は既に苦境に陥っている。

 米国の非営利団体が発案した造語「ALICE」は「就職しているが、資産は限られ、住宅費や医療費などを支払う余力が不足している状態」(Asset Limited, Income Constrained, Employed)を指す。4月23日付BUSINESS INSIDERによれば、米国の貧困率が下落する一方、過去10年でALICEの比率は増加して30%に迫っているという。政府の援助を受けられない彼らは、貧困層よりも厳しい生活を強いられているのかもしれない。

 このような状況下で米国経済が景気後退入りしたら、バイデン政権への評価がさらに下がるのは火を見るより明らかだ。半年後に迫った大統領選でバイデン氏が再選するためにはインフレ退治が不可欠だが、その妙案を見つけることはできるのだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部