国内の労働人口の減少に伴い、社会保障が持続可能であるのか懸念される中、いわゆる「65歳定年」導入の義務化が2025年4月に控えている。

 これは、2013年に行われた高年齢者雇用安定法の改正によるものだ。定年を65歳未満に設定している企業は、定年を65歳まで引き上げたり、65歳以上までの継続雇用制度を導入したりといった措置が求められる。

 なお、あくまで労働者が「希望する場合」に必ず65歳まで再雇用などを通じて就労機会を確保することを企業に要求するものだということには注意したい。労働者が希望しなければ、65歳になる前に離職することには問題がない。

 この改正自体は2013年に行われているが、これまでは経過措置が適用されていた。しかし、年金だけでは老後が心もとない昨今、いよいよ2025年からは65歳を実質的に定年とみなすような施策が企業には求められる。ちなみに、同法上では努力義務であるものの、就労機会の確保は70歳までと定めている。コンプライアンス整備や社会的責任の大きい大企業や上場企業などにおいては、もう一歩進んだ対策が必要になりそうだ。

●企業が取るべき対策は?

 企業はまず、高年齢者を対象とした雇用契約の条項を再検討し、必要に応じて更新する必要がある。現在、雇用契約の多くは60歳を定年とし、65歳までの継続雇用を盛り込んでいるが、就業規則や雇用契約を長らく見直していない企業では、60歳定年のみを定めている会社もあるだろう。そのような会社については、定年後も雇用を継続するための制度を設計し、導入しなければならない。

 その際には労働条件の透明性を保ちつつ、高齢者のニーズに合わせた勤務形態を提供することも忘れてはならない。例えば、フルタイムから時短勤務、パートタイム、リモートワークなどの多様な働き方を用意することで、高齢者の体力やキャパシティーに応じた柔軟な雇用を維持する必要があるだろう。このように考えると、65歳以上の雇用を維持するに当たっては、定年を実質的に延長させるのみでは不十分であり、多様な勤務形態も合わせて導入する必要性があると考えられる。

 また、高齢者がモチベーションを持って働き続けるために、賃金体系の見直しも検討すべきだ。特に、仕事のパフォーマンスが職務経験や培ってきた能力に依存するような業種の場合、定年を過ぎたことのみをもって直ちに大幅な給与削減を行うことはモチベーションの低下を招きかねない。企業には高齢者からの貢献を最大限に引き出す上で、公正な賃金設定を行うことが求められる。

●早期退職などもセットで導入する必要あり?

 とはいえ、定年を引き延ばし、給与も大きくカットできないとなると、かなり厳しいというのが企業のホンネだろう。この点について、企業が負担するコストとのバランスを取るために、希望退職や早期退職募集制度などを導入することにも一考の余地がある。

 終身雇用の時代は終わったのだと言われて久しい。しかし、実は政府は一貫して、実質的な年齢を60歳から65歳、そして努力義務では70歳とむしろ終身雇用を強化する仕組みになるように改正が行われているのだ。逆説的にも思われるが、このように実質的な定年を伸ばす法改正が行われるにつれて、最終的なコストの負担者である大企業を中心に希望退職者を募ったり、業務委託・非正規人材を活用するようになったりしてきた。

 大企業でさえも65歳ないし70歳まで、全ての労働者を会社に残すような組織作りが難しいとしたら、それ以外の企業でも業務委託人材の活用や早期退職制度の導入について検討しておく必要があるだろう。

●高度人材を“寝かせない”仕組みも必要

 その上で、漫然と労働者を65歳まで就労させるのではなく、スキルアップとキャリアの継続的な発展を支援する必要がある。これまで、継続雇用の高齢者は、60歳定年前より業務負荷は軽減される代わりに給与が抑えられてきた。「会社で余生を過ごす」という捉え方ができるかもしれない。

 しかしこれからの時代において、60歳まである会社を勤め上げる人材は、多様な雇用形態や早期退職などの荒波を乗り越えた人材となりうる。こうした逸材を“寝かせておく”のはもったいない。

 一つの手段として、デジタル技術の研修やリーダーシッププログラムなど、職能に応じた管理的研修制度を設けることで、継続雇用段階でも活躍できるよう支援する仕組みが考えられる。また、メンタリングシステムを活用し、若手と高齢者との知識共有を促進することで、組織全体の知識ベースの世代交代も可能だ。定年後にできることは、実は決して少なくない。

 65歳定年制の義務化に伴い、企業は法的順守の確保が不可欠だ。法改正に適合するため、改正された就業規則などを所轄の労働基準監督署へ届け出る必要がある。また、社労士や弁護士などの専門家と新たな就業規則の内容やあらためて締結する雇用契約書が法令の要求する基準に適合しているかの評価も求める必要もあり、コンプラ面の対策も不可欠だ。

 65歳定年制の義務化は、日本の労働市場に大きな変化をもたらすものだが、これが足かせになっては意味がない。そうなれば今後ますます、形式的な定年年齢だけが引き延ばされ、実際に勤め上げられる人がごくわずかという形骸化を招きかねない。この法改正に適切に対応するためには、企業はただ規則を書き換えるだけでなく、人材戦略の見直しをはじめとした多岐にわたる調整が必要となるだろう。

 企業がこれらの変更を効果的に管理し、実施することで、高齢者が活躍できる職場を作り出すことができるだけでなく、高齢者の雇用を通じて経験と知識が若手へと伝えられ、組織全体の持続可能性と競争力が向上する可能性もある。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら