グローバルサウスの逆襲』(池上 彰、佐藤 優 著、文春新書)は当初、イスラエルによるハマスへの攻撃やロシアによるウクライナ侵攻、そしてアメリカ大統領選挙と、現在の国際情勢を知るうえで欠かせないトピックスをテーマとする予定だったのだそうです。

しかし両者が対談する過程においては、やがて話が想定外の方向に進んでいき、いつしか「グローバルサウス」の話題へと結びついていったのだとか。

グローバルサウスに詳しい定義は本文中に譲りますが、かつて発展途上国と呼ばれていた主に南の国が、急激に経済力を獲得し、世界中に存在感を示すようになりました。(「はじめに」より)

しかし、そもそもグローバルサウスとは具体的にどんな“南の国”のことを指すのでしょうか? それらの国について、私たちはどういった知識を身につけておくべきなのでしょうか? そして、そこからなにを考えていけばいいのでしょうか?

つまり本書において池上 彰、佐藤 優両氏は、そうした疑問に答えているわけです。ここでは「プロローグ グローバルサウスの逆襲が始まった」に焦点を当て、基本的なことがらをあらためて確認しておきたいと思います。

グローバルサウスとはなにか

冒頭で触れたとおり、ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルとハマスの軍事衝突など、出口の見えない事態が続いています。また、「なぜ戦争が起きたのか」「どうして終わらないのか」についてはさまざまな議論があります。

こうした動きの背後には、グローバルサウスの台頭という長期的な大変動がひそんでいるのではないかと佐藤氏は考えているのだそうです。

ちなみにグローバルサウスとは、アフリカ、中東、アジア、ラテンアメリカのなかで、新興国や発展途上国と呼ばれてきた国の総称。これらの国が力をつけて存在感を高めてきたため、大きな注目を集めているわけです。

この先の10〜50年について考えたとき、人口的にも経済規模でも、これは世界最大の変動要因だといえると池上氏は述べています。

池上 国際通貨基金(IMF)の推計によると、先進国を代表するG7各国の名目GDP(国内総生産)の合計は、ピークだった一九八六年には世界の六八%を占めていたのに、二〇二二年には四三%まで低下しました。

これに対して、グローバルサウスの国々の合計は四四%。二〇五〇年にかけて名目GDPの合計が米国や中国を上回る規模にまで急拡大すると見込まれ、人口では二〇五〇年にはグローバルサウスで全世界の三分の二を占める予測です。(20ページより)

アメリカやヨーロッパ、日本など「先進国」と呼ばれてきた国々がほぼ北半球に位置するのに対し、新興国や発展途上国はおもに南半球にあったため、国際的な経済格差はかつて「南北問題」と呼ばれていました。

また東西冷戦時には、西側の資本主義国を第一世界、ソ連や東欧諸国を第二世界と呼び、どちらとも距離を置く国々は「第三世界」と表現されていました。東西問題を語る際の南の国と第三世界の諸国は重なっていたわけです。

しかし佐藤氏によれば、現在のグローバルサウスは、そのふたつとは異なる概念の表現であるようです。その概念の違いには電子計算機とコンピュータくらいの開きがあるため、グローバルサウスを知らないと、国家も企業も各個人も生き残れなくなる可能性があるというのです。

グローバルサウスとは、直訳的にいえばグローバル(地球規模)に影響力を持つ南の国。具体的には、G20のメンバーでもあるインド、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、ブラジル、アルゼンチン。アジアに目を向けるとタイ、マレーシア、フィリピン。中東・アフリカではアラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、ナイジェリア。ラテンアメリカではチリ、キューバ、ペルーなどの国々ということになるそうです。(20ページより)

かつての帝国主義が甦ってくる

佐藤氏も指摘しているように、国際的に決まった定義はまだないものの、メディアなどでは中国はグローバルサウスに含まれていません。

佐藤 しかし、地理的な要素だけでなく、普遍主義よりもローカルな価値観、国際協調より地域大国の影響拡大、民主主義より権威主義的でいいから強力なリーダーシップといったいくつかのシフトチェンジが、含まれている。

この対話では「グローバルサウス」という概念をもっと広く考えてみたいと思っています。たとえば、トランプはアメリカにおけるグローバルサウス的なものを体現しています。(22ページより)

冷戦が終わって東西の壁が壊されたとき、「世界はひとつになった」といわれました。いわゆる「グローバル化」であり、その主人公は“グローバルノース”、すなわちアメリカを中心とした北半球の先進国。これらの国が世界をひとつのマーケットにし、グローバルな経済圏をつくったわけです。

さらには民主主義や人権というグローバルノースの価値観をものさしとして、「進んだ国」「遅れた国」という位置づけを行い、「遅れた国」には是正を迫ってきたのです。

ところがここにきて、「遅れた国」とされてきたグローバルサウスが人口的にも経済的にも世界の多数派になろうとしている。一方、アメリカやEU(欧州連合)、日本などのグローバルノースは行き詰まりを隠せない状況が訪れているということです。

池上 その方向性をもっと強烈に打ち出したのがトランプ大統領だったわけですね。たしかにそうした流れから見ると、中東で起きていることも、ウクライナでの戦争も、いろいろなことが説明できそうです。

佐藤 これまでまがりなりにも「国際秩序」を提示してきたグローバルノースに対して、グローバルサウスの特徴は「自国中心主義」です。自国のあり方、価値観、外交、安全保障に外から口出しされたくない、というわけです。(24ページより)

そういう意味では、ヒト・モノ・カネの移動が自由で国境の壁が低くなる「グローバル」よりも、国家間関係を重視する「インターナショナル」の方が概念としては適切でしょう。したがって「グローバルノース対サウスインターナショナル」という図式のほうが正確ではあるものの、本書ではそれを踏まえたうえで(メディアに広く流通していることを念頭に置き)グローバルサウスということばを使って話を進めているのです。

グローバルサウスの諸国は外交的にも、ある種のリアリズムをとると佐藤氏は指摘しています。つまり「強い者が勝ち、弱い者は従え」という考え方なので、かつての帝国主義的な傾向が甦ってくるともいえるというのです。(22ページより)


以後の章では、中東情勢、アジアのバランス、ロシアとアフリカとの関係、そしてアメリカ大統領選と、話題は多角的に広がっていきます。今後の世界の動向を知っておくために、ぜひとも読んでおきたい一冊だといえます。

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Source: 文春新書