ドライバー不足深刻化

 路線バスの「2024年問題」がクローズアップされ、2030年には路線バスドライバーが3万6000人不足するといわれている。それとともに、

・ドライバーの離職と人手不足の原因である利用者離れ
・コロナ後、ローカルバスの99.6%が赤字という事実

もマスコミで報じられるようになった。つまり、給与を支払うための資金が極端に不足しているため、ドライバーの数を満たすことができないという、気の毒なほど厳しい経営状況が社会的に共有され始めているのだ。しかし日本では、残念ながら

「よし、路線バスを使おう」

という動きはない。

 最近、筆者(西山敏樹、都市工学者)はTOD(Transit Oriented Development、公共交通指向型開発)に関する研究を展開し、編著者として、『TODによるサステナブルな田園都市』(近代科学社)本を出版した。TODとは、

「公共交通の利用を前提とした沿線都市開発、沿線地域開発」

を意味する。もっとわかりやすくいえば

「自家用車に頼らないまちづくり」

のことである。なお、東京都区部における「公共交通」と「徒歩・自転車」の合計の交通分担率は約90%である。

路線バス(画像:写真AC)

学生のTOD教育

 筆者が勤務する東京都市大学(東京都世田谷区)は、1929(昭和4)年に武蔵高等工科学校として創立され、1949年に大学として設置。1955年に東京急行電鉄(現・東急、東急電鉄)の創業者である五島慶太氏が設立した東急グループの学校法人五島育英会に引き継がれた。つまり、東急グループの一員である。中高年には武蔵工業大学という名称の方がなじみがあるかもしれない。

 五島氏は鉄道を敷設し、沿線に百貨店やスーパーマーケットなどの商業施設を開発し、それらを結ぶ路線バスを充実させた。こうしたアプローチで、東急という一大公共交通グループを具現化したのである。

 これこそがTODである。鉄道に沿った駅周辺にさまざまな開発を進め、路線バスや歩行者ネットワークを充実させることで、

・アクセシビリティの向上
・環境負荷の低減

を図ることができる。自家用車による周辺の交通渋滞も防ぐことができるのだ。

 筆者は大学や大学院でTOD型のまちづくりについて講義しており、学生は、公共交通を中心としたTOD型まちづくりのさまざまな効果や重要性を学んでいる。

 ここに問題がある。学生は都市交通のあり方を積極的に研究しているが、それでも公共交通について真剣に勉強し、考えるようになったのは大学、大学院に入ってからだという。これが路線バスを崩壊させた最大の原因、すなわち、

「真犯人」

なのかもしれない。「交通教育」の欠如である。

路線バス(画像:写真AC)

交通教育の重要性

 公共交通の崩壊は、生活者が公共交通について真剣に考える機会や場を設けなかった政策の失敗がもたらしたのではないか。より踏み込んでいえば、TODを推進し、初等時から交通教育を行い、常に当たり前のこととして、

「自分のことのように考える習慣」

を身につけさせるべきだ、ということである。

 大学や大学院からでは遅いし、学ぼうとする人も限られている。公共交通を重視したまちづくりが“常識”となるような教育方針や制度設計があれば、公共交通を軽く見るのではなく、今よりももっと真剣に考えるようになる。もしそうしていれば、路線バスを利用する人の数は減らなかったはずだ。

 また、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(平成19年法律第59号)」に基づき、公共交通の課題や今後の施策について協議・検討する場として、各自治体に法定協議会が組織されている。この法整備は決して早いとはいえない。そもそも、日本の路線バスの利用者数が減少し始めたのは1985(昭和60)年頃からである。

 筆者はこれまで、「遅かれ早かれ、どの地域でも路線バスの危機が訪れる」といい続けてきた。現在では、モビリティ(自由な移動の権利)を基本的人権の平等として位置づける必要性が、法学研究でも主張されている。

路線バス(画像:写真AC)

SDGsと交通教育

 TOD型都市開発・地域開発の実践を支援する政策、それをコモンセンス(一般常識や日常的な判断力)として広げる交通教育政策、そして学んだ結果として交通政策に真剣に取り組む政治家や政党を選ぶことができる社会的循環が生まれれば、路線バスを取り巻く環境は変わるだろう。

 そもそも、政治家のマニフェストで、生活者の移動・交通を売りにしているものがどれだけあるだろうか。実際、そうしたマニフェストは驚くほど少ない。問題は、多くの場所でそうした雰囲気がないことだ。交通を重要な政治・政策課題とする雰囲気を社会に作ることが重要である。そのためには、市民が交通について真剣に考えるような教育が重要である。

 将来、路線バスに鉄道駅のバリアフリー運賃のような目的運賃や目的税を検討するにしても、交通教育が公共交通を真剣に考える下地になれば、議論はよりよい方向に進むだろう。生活者の路線バスに対する見方を変える政策は、問題を考える上で非常に重要になるだろう。

 折しも、社会はSDGs(持続可能な開発目標)の実現を求められている。つまり、誰ひとり取り残さない社会づくりが重要な局面を迎えているのだ。そのなかで、地域の人々の移動手段を確保することで、誰もが移動し、生活ニーズを満たせる環境を作ることも重要である。

 そうしたSDGsの時代だからこそ、交通教育の導入が不可欠である。生活者へのインプットを増やす政策がない現状は大きな問題であり、生活者が公共交通について真剣に考えるきっかけとなるような政策づくりが急務である。公共交通の“目利き”が増えれば、路線バスの経営も好転するだろう。