名古屋市営地下鉄の車両に掲示されているベビーカーマーク(右)と車いすマーク


 電車やバスといった公共交通機関などに掲示してある「ベビーカーマーク」。その存在は案外知られていないようだ。2014年の制定から10年、マークができた背景や課題なども専門家に聞いた。

車両の外側にも掲示されている

 ベビーカーマークは、乳幼児がシートベルトを着けるなどの安全対策をした上で、原則として折り畳まずに乗車できること、マークの近くの広いスペースは優先して使えることを示している。既存の車いすスペースと共用になっている場合が多く、スペース近くのほか、車両の外側にマークが掲示してある。

名古屋市営地下鉄の車両に設けられている車いすやベビーカー利用者向けのスペース=同市中村区で


 「ベビーカーマークを記事で初めて見た。もっと早く知りたかった」と悔やむのは、岐阜県可児市の女性(37)。子どもは7歳と9歳で、すでにベビーカーを使っていないからだ。

 7年前に名古屋に行った際、帰りの電車で当時2歳の息子がベビーカーで寝てしまった。優先スペースが用意されている車両があることは知らず、一般の車両へ。「子連れでの初めての乗車で、車内で泣かれたらどうしようと心配だった」。周囲はにこやかに見守ってくれ、ある女性が「お利口さんにしているね」と話しかけてくれ、うれしかったという。

「迷惑に」の不安から少し解放

 1歳の娘を育てる愛知県春日井市の女性(31)は「マークや優先スペースがあまり知られていない」と残念がる。

 昨年10月、平日のすいている時間帯に名古屋市営地下鉄を利用したとき、マークの付いた車両を探して乗り込んだ。混雑していなかったが、数人の女子高校生が優先スペースに立っていた。女性が諦めて他の場所に移動しようとしたら、別の乗客が「ここはベビーカーのスペースだから空けてあげて」と声を掛けた。女子高校生たちはマークを知らなかったようで、女性が「すみません」と言うと、会釈して譲ってくれたという。

 「荷物が多かったり、下の子を妊娠中や腰痛持ちといった理由で長時間抱っこができなかったり、ベビーカーを折り畳むことが難しい場面はある」とこの女性。「優先スペースを利用できると、他の人に迷惑になっていないかとの不安から少し解放される。多くの人に認識してもらうために、もう少し目立つ表示にしてもいいのでは」と提案する。

「マークがなくても…が理想」

 「マークがなくても、ベビーカーと一緒に当たり前のように電車などに乗れるのが理想」と指摘するのは、同県小牧市の女性(71)だ。

 20年以上前に旅行したフランス・パリの地下鉄は、ホームなどに段差がなくエレベーターからの移動もスムーズ。通勤途中と思われる男性が、赤ん坊を乗せたベビーカーを押し、さっそうと車内に乗り込んできた姿が印象的だったという。「フランスは進んでいると思った。日本は改札やホームまで、ベビーカーでは行きづらいことが多い」と両国の違いを口にした。

マークを「知っている」43%

 そもそもベビーカーマークは、国土交通省が2014年に制定した。公共交通機関や公共施設でエレベーターの設置などのバリアフリー化が進んだ結果、ベビーカーを使って外出する人が増えたことが背景にある。

 特に都市部では車を所有する人が少ない、目的地の近くに駐車場がないなどの理由で、電車やバスに乗車するニーズは大きい。一方で利用者が増えたことで、ベビーカーを折り畳まずに乗ることに賛否が分かれた。

 このため、2013年に有識者らによる「公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会」を設置。検討を重ね、子連れでは荷物が多い▽折り畳むと車内で倒れるなど危険がある−として、原則として折り畳まずに乗車できるとのルールを決めた。さらに、利用しやすいような配慮を促すため、統一的なマークをつくることにした。

 ただ、国交省が2022年に約1000人を対象に行ったインターネット調査では、このマークを知っている人は43%、電車やバスで原則としてベビーカーを折り畳まずに乗れるとのルールを知っていたのは55%にとどまり、認知度の向上が課題になっている。

 中央大研究開発機構の秋山哲男教授(71)は「昔はベビーカーは邪魔になるので折り畳むべきだという意見が主流だった。ただ、マークの制定で少しずつ折り畳まなくてもいいという認識が広がってきた」と指摘。「ベビーカー利用者を含めて誰もが支障なく交通機関を使えるよう、環境づくりをさらに進めていく必要がある」と話している。