「ツキノワグマの掌を食べたい!」 [著]北尾トロ

 タイトルや帯からは、趣味的に「ゲテモノ」を求め食す好事家のお気楽本かと想像されるが、これは生き物の命をいただく者が、いかにその自覚と敬意をもって獲物に接するかという、軽妙ながら真摯(しんし)な実例集である。
 著者は10年ほど前の移住をきっかけに狩猟を始めた。それでわかった、自分で自分の食べるものを仕留めることの難しさ、それを解体して食肉とし、調理するまでの手間暇。
 そうした「日常的ジビエ」は需要も多くないため、駆除した動物など、食べるのが追いつかず埋めている状況だという。珍しい獲物を仕留めたハンター間では、気軽に「同好の士」にお裾分けしたり、共に味わい品評する文化があるらしい。
 本書には、そうして著者が出会った「達人」たちの、ハンティングや解体、調理におけるさまざまなフィロソフィーが写真とともに多数詰まっている。自分で食べるものは自分で、適正な数だけ獲(と)る。畑ではなく、山が育んだ栄養をたっぷり摂取した肉にこだわる。「野生のものはパワーがある」から。
 仕留めるのは大変だからこそ、ベストの状態で食べられるよう、狙う個体の性別や急所、見栄えも意識した解体の方法やタイミング、包丁の研ぎ方にも気を遣う。冷凍保存して肉質の良さを保ち、調理の際は手間暇を惜しまず、味や食感のクセを活(い)かすのか否か、硬い肉をいかに柔らかく美味(おい)しく食べるかなど創意工夫を凝らす。
 こうしたクリエイティブな部分と、そこにかける達人たちの情熱や信念、サービス精神に胸を打たれる。それをもってこそ、話は「こんな鳥や動物も食べられるのか」という単純な驚きや興味を超えて、村おこしや雇用といった、より大きな問題にもつながってゆく。
 かくて、まずいと言われてきた肉も、愛と敬意を込め最善を尽くして調理し食べてみると……? その食レポは本書を読んでのお楽しみ。
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きたお・とろ 1958年生まれ。ノンフィクション作家。第一種銃猟免許取得。著書に『猟師になりたい!』など。