ユニフォームの色が赤から青に替わっても、大谷翔平の本能が変わることはない。

 ただ、チーム状況、試合展開次第で、これまでは意図せずとも鎮めてきたはずの欲求が、ドジャースへ移籍したことに伴い、目に見える形のプレーや表情、細かな仕草として、無意識のうちに表に出る光景が増えているとしても、不思議ではない。

WBCを彷彿とさせる「カモーン!」

 5月3日、本拠地でのブレーブス戦。タイブレークとなった延長10回裏、エンゼルス時代の同僚でもあるクローザーのライセル・イグレシアスから中前へ同点適時打を放った大谷は、一塁ベース上で、腹の底から「Come on(カモーン)!」と雄叫びを挙げた。ベンチの同僚を鼓舞するかのような、ハイテンションな姿は、昨年3月のWBCでの激戦を彷彿させるような気迫に満ちていた。その後、ドジャースは延長11回裏、新人アンディ・パエスの適時打で今季初のサヨナラ勝ち。ナ・リーグ東地区で首位を快走するブレーブス相手の「プレ・プレーオフ」とも言われた3連戦の初戦を劇的な勝利でものにし、大谷は3戦目でも2本の本塁打を放つなどカード3連勝に大きく貢献した。

活躍をよそに淡々とルーティンをこなす日々

 昨年9月、右肘を手術し、今季は打者に専念する大谷が、昨季までのように投手として完封し、次の試合で打者として本塁打を打つようなことは、現時点ではかなわない。

 だからといって、大谷にすれば、次の試合、次のステージへ向けて、最善を尽くす生き方は変えられない。調子を落とすと、室内ケージでクリケットのバットで気分転換のスイングを繰り返すこともあれば、投手としてのリハビリとして1日置きのキャッチボールを繰り返す。無駄にアクセルを踏み過ぎることなく、地道な作業を繰り返すしかない。たとえ、豪快な本塁打を打ったとしても、翌日には新たな1日が始まる。

 目映いばかりの脚光の裏で、大谷の頑固にも映る愚直な作業は変わらない。自らのパフォーマンスを上げ、ドジャースが目の前の試合に勝つため、そして今後も勝ち続けるため、常に「次の試合につながれば」が口癖のようになった大谷は、日々、悔いを残すようなことはしない。

本能が向かうベクトルは、勝つこと以外にない

 昨年12月14日、ドジャースへの入団会見に臨んだ大谷は、「勝つことが今の僕にとって一番大事なこと」と、真正面を見据えて言い切った。今年7月5日で30歳。「僕自身、野球選手としてあとどれくらいできるか、誰も分からない」とも言った。日米を問わず、ファンやメディアは、常に大谷の個人成績に注目し、一喜一憂する。もちろん、大谷にすれば、周囲の期待に応えたい気持ちは誰よりも強い。だが、本能が向かうベクトルは、勝つこと以外にない。

「優勝することを目指して、そこで欠かせなかったと言われる存在になりたい」

 エンゼルス時代と同じ思いだとしても、大谷の言葉のニュアンスは、確実に変わっていた。

セオリーを超越した「つなぎ」の意識

 打者として飛距離140メートル、打球速度190キロの豪快弾、投手としても球速160キロ越えなど、投打にわたって能力が傑出していることは、いまさら言うまでもない。

 ただ、大谷ほど、チームの勝利に固執している選手も多くはない。ドジャース移籍以来、大谷のチーム打撃への意識は、より顕著になった。1番ムーキー・ベッツがメジャートップの出塁率.459(5日終了時)を残していることもあり、シーズン序盤は「引っ張り」の進塁打を意識するあまり、打撃フォームを崩す傾向も見られた。だが、デーブ・ロバーツ監督との話し合いを経たことで、セオリーにとらわれすぎない思考に活路を見出した。必ずしも外角球を強引に引っ張って走者を進めるのではなく、コースに対応する打撃スタイルもOK。ロバーツ監督が「ストライクゾーンをコントロールできるようになった」と評価する通り、四球を含め、大谷の「つなぎ」の意識が、打線全体の得点力アップにつながり始めた。

走者・大谷に見える「次の塁」への強い意識

 バットだけでなく、これまで以上に、大谷の走塁への意識が高まったのも、偶然ではない。4月29日の敵地ダイヤモンドバックス戦では、1回1死一、二塁の状況で、二塁走者として盗塁を三度試みた。結果的にファウル2回と併殺打で遂行はされなかったものの、先制点を狙う意識と相手バッテリーを揺さぶる動きは、昨季までとは明らかに違っていた。

 そもそも大谷、ベッツにはチームから「グリーンライト(盗塁許可)」が与えられている。エンゼルス時代から大谷を知るディノ・エベル三塁ベースコーチは、 状況判断の秀逸さに絶対的な信頼を置く。

我々は、翔平が仕掛けたようなプレーを求めている

「翔平を含め、彼らは賢い。試合状況、相手投手によって走るタイミングを判断できる。だから、ストップのサイン以外は、彼らの判断次第。我々は、翔平が仕掛けたような、ああいう細かいプレーを求めている」

 右肘手術後のオフ期間、下半身中心の強化トレーニングを続けていた大谷は、横ぶれの傾向があったランニングフォームを改良し、キャンプ中には元ブルワーズ監督でもあるロン・レネキー氏による特別講座を受けつつ、リード幅、構えなども修正した。その結果、5月5日終了時点で、成功率100%の7盗塁。数だけでなく、質を伴う走塁で、試合の流れを動かしてきた。

MVP選手が必死に練習する姿

 試合開始数時間前、人影もまばらなグラウンドで今季からコンバートされた遊撃で黙々とノックを受けるベッツ、不振に陥れば早出特打で逆方向への打撃を繰り返すフリーマン……。

 開幕以来、ナ・リーグ西地区首位を快走する中、大谷1人だけが目立っていないことこそ、何よりもドジャースの強みと言っていい。

「みんなプロ意識を持って、1人1人が試合だけじゃなくて、その前の取り組みも練習も、毎日やるべきことをしっかりやって出る結果じゃないかと思う」(大谷)

 豪快弾で浮かべる笑み、快足を生かした盗塁、チームを鼓舞する雄叫び……。

 グラウンド上で感情豊かな表情をのぞかせる大谷の姿こそ、多くのファンが待ち望んでいた光景ではないだろうか。

文=四竈衛

photograph by Nanae Suzuki